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2015/04/05

遅ればせながら『サンタ・エビータ』

水夏希さん主演のリーディングドラマ『サンタ・エビータ』を観劇(3月28日)。大変素晴らしかったので遅ればせながらブログアップ。

最近は朗読劇の上演が多いけれど、普通の「台本を手にして読む」タイプの朗読劇とは一線を画すものだった。思えば、今回公演前にルッキュシアターで水さんに単独インタビューをさせていただいたのだが(配信終了)、水さんがエビータに対する共感でとても熱が入ったものだったのだ。朗読劇に出演する方ってここまで作品に熱がこもってる方って少ない気がする(印象だけど→やっぱり本公演で演じるものではないので……)ので、ちょっと驚いたことを覚えている。

そして、観劇。客席から登場し本舞台に上がり、終幕は客席から帰っていくスタイル。これは、「私たち(観客)の中から生まれたエビータ」「私たちの中にあるエビータ性」ということを端的に表しているものだろうか。冒頭の歌(あれ、ダンスだけでしたっけ? 失念)のシーンの後は、台本を手にして読むスタイルで進んでいく。普段は自然に演じている姿を見慣れているせいもあって、「台本を読む」という形に違和感を覚えるのだけれど、これが話が進んでいくうちに(休憩はさんで2幕頭くらいになると)だんだん気にならなくなっていくのだ。これが不思議。台本を読んでいる姿を見せる(作・演出の石丸さち子さんの要望で「台本は覚えないで」と言われたそうだ)、ということはある種の客観性をわざと感じさせるということかなと思う。つまり、「エビータを演じている」という様を見せるということ。
女優を目指して貧しい田舎町からブエノスアイレスに上京し、女性としての手段を駆使して大統領夫人まで駆け上っていくのが1幕。そして2幕はフアン・ペロン大統領の妻であり副大統領としての姿を描く。
客観性から始まったこの舞台で、最終的には死を目前としたエビータが民衆に演説をする場面となる。ここでは水さんのエビータはもはや台本を手にしていない。客席に座っている私たちがアルゼンチンの国民であり、エビータが集まった国民たちに演説をするのだ。その言葉は本当に真に迫り、水さんのエビータの「説得力」に打たれた。

(ちなみにエビータは女優としては演技力はそれほどでもなくて、ラジオドラマでの声の表現のうまさで人気を得た、ということが作品中に描かれているが、エビータの「言葉の力」を追体験したような、そんな感じ)

こうして、朗読としてエビータという人物像を演じた水さんから→エビータと一体化し→そして、また人々の中へ帰っていく→という形で「私たちの内なるエビータ性」を感じさせるという構成が非常に効果的であり、また実際石丸さんの狙いどおりの効果を挙げていたと思う。
もちろん、それは普通のスターを夢見る女の子から、大統領夫人となって自分なりの正義を尽くそうとするエビータの成長の姿を映し出すものである。

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エバ・ペロン(エビータ)といえばもちろんアンドリュー・ロイド・ウェバーの『エビータ』が有名で私も何度も見ていて(直近はブロードウェイで2、3年前にやったもの。リッキー・マーティンのチェはカッコ良かったけど、エビータ役のエレナ・ロジャーの演技はちょっと苦手だった……ごめんなさい)そこで描かれている悪女的なエビータ像が自分の中にインプットされている。今回の『サンタ・エビータ』では彼女がいかに社会性を得て、人々のために尽くそうと思ったか、という点を描こうとするものだった。自分の持ってる知識がミュージカル『エビータ』の範囲でしかないな……と観劇しながら思ったので、1幕と2幕の間に急いでスマホでアルゼンチンの社会体制と政治の歴史をうわーっと調べて読んで(笑)、それを頭に入れてみたらよりわかりやすくなった気がする。
ミュージカル『エビータ』では大統領夫人になったエビータが民衆に施しをするのも「自分の権力を見せびらかしたい」「自分がいい人と思われたい」からという描き方だったと思うけれど、『サンタ・エビータ』で描かれている彼女は違っていて。
劇中で、黒い毛が生えている子供がいると思って近づいていったら……という貧しさを表すエピソード(終演後に水さんに伺ったが、実話とのこと)等が描かれていたが、こういう経験を経て有名になりたい一心でスタートした彼女が、貧しい人たちをなんとかしたいと思い、それを行動に移す様を描いている。

1幕は若手女優らしい服装、2幕からは「エビータスーツ」といわれる大統領夫人になってからのエビータがよく着ていたものに変わる。この見た目でも彼女の変化を端的に表しているのだと思う。

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終演後にありがたいことに水さんにご挨拶させていただいて、「(演説のシーンで)ちょっと『シトワイヤン、行こう~!』を思い出しました」というレベルの低い(汗)感想を申し上げたのだけれど「ああ、そうね、デュナンとかね」と言っていただき。
オスカルもデュナン(『ソルフェリーノの夜明け』)もそうであるけれど、「出発地点ではそんなことは思ってもいなかったのに、様々な経験から社会の不平等さに気づき、自分で何とかしようと立ち上がって、尋常でない行動力を示す人」というキャラクターが水さんには非常にハマるのだなあ、と改めて思った。女性の役でこういうキャラクターを描けたことも僥倖だと思うし、またこういう水さんを見てみたいなあと思った。観劇しながら「ちょっとジャンヌ・ダルクみたい」とも思ったのだけれど、水さんのジャンヌ・ダルクも見てみたい。

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全編はバンドネオンの生演奏で彩られ、エビータの兄弟やフアン大統領、ヘアメイクさんやスタイリストなどエビータを取り巻く様々な男性を今井清隆さんが演じて、包容力のあるところを見せた。


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