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2014/12/15

これは「胡蝶の夢」か~花組芝居『夢邪想』

12月14日の初日公演を拝見。
(※以下、公演内容及びラスト部分に触れてますので、未見の方はご注意ください)

『夏の夜の夢』で大きなモチーフとなっているのは(当たり前だけど)「夢」。恋人たち4人が魔法によってかけられた夢から解かれたシーンを見ると、ちょっと他人事として「ああ、夢から覚めたのね、よかったね」とか「ディミートリアスは夢から覚めないままなのか」とかを感じる。

でも。「『夏の夜の夢』より」と題された花組芝居公演『夢邪想』でも上記に当たるシーンも描かれるのだが、もっとナマな……自分が今まで見てきたものが根底から覆されれるような、不思議な衝撃を受ける。
何が本当か、本当でないのか。
あるいはその境目すらないのか。

そして、終幕。パック(にあたる役)が有名なラストの台詞を言う……のだけれど、そこには玉音放送の終戦宣言がないまぜにされているのだ。
終戦宣言は、当時の日本人が持っていた価値観を崩すもの。人々は自分の根本がゆらぐような感覚を受けたのではないかと思う。

夢。ゆらぎ。酩酊。足元がおぼつかなくなる感覚。そんなものが満ちている『夢邪想』の舞台だった。

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ふと思うのだけど、今作中にも出てくる台詞「きれいは汚い」(『マクベス』)もそうだけど、シェイクスピア自身も価値観のゆらぎに注目して書いていた人なのだろうか。
そう思うと、『夏の夜の夢』の原型をほぼ留めていないような『夢邪想』も、実はシェイクスピアの本質的な部分に最も近づいている作品、といえるかもしれない。

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『夢邪想』は設定を昭和18年の日本とし、太平洋戦争で学徒出陣が決まった東京帝国大学学生たちがいる現世の世界と(妖術も使えたりする?)女性だけが住む妖かしの森の世界とが交互に描かれる。

なぜ、森の中の集落が女だけになったか、というと、男性が男性を殺すから。戦争して男同士殺し合っていることに対する強い反論を、この幻想的な設定の中に巧みに取り込んでいる。
男性の論理に対する女性からの反論が色濃く描かれているのは、作者の秋之桜子さん(=女優の山像かおりさん)の女性ならではの目線によるものだろう。それを男性のみの劇団である花組芝居で演じるのが面白い。
ことに、それを言う凪依役の美斉津恵友さんがとても思いにまっすぐに演じているので、よりストレートに心に響いてくるような気がするのだ。
凪依は女性と男性というジェンダーを超える「ゆらぎ」のある役でもあって、これは確かに「女優でもできないし、普通の男優でもできない役」(パンフレットでの加納幸和さんの発言)で、花組芝居ならではかなと思う。

パンフレット対談取材の関係で事前に台本を読ませていただいていて(稽古は見てない)、女性のみの森の集落の表現はどうするのだろう……と思っていたのだが、姉神の加納さんと妹神の八代進一さん、そして老婆の溝口健二さんが出てくるところが、泉鏡花の『天守物語』か『夜叉ケ池』のように見えて(二人富姫!)、ああ、これが花組版の妖しの世界か、と急に合点がいった。(←ちなみに役者さん二人くらいに「『天守』みたいに見えた」と言ったら「ええっ、そうですか?」という返事だったので、そういう演出意図はないみたいだけど(笑)) 

そして、女だけの森に住む女性たちは、ある種時代がかった言い回しをしている(使われている方言は秋之さんが創作したものとのこと)。そこに囚われている唯一の男性(桂憲一さん)はとてもリアルな言い回し。女性と男性の言い回しが対照的なのが効いているし、花組芝居が今まで培ってきた台詞術がこういうところにも出るのだなと思う。

脚本で読んだときの印象でも一幕目で「え、私、理解できてない気がする……」と思ったのだけれど、それは舞台で見ていても同様で(笑)(←私の理解度が足りてない、多分)、二幕目の冒頭に、森につれてこられた帝大生、温羅波(丸川敬之さん)が登場して「豆の花はあるかい」と言うと一気に頭の中で物語が組み立てられる感じがする。「豆の花」というのは『夏の夜の夢』に出てくる妖精で、このキーワード一つで『夏の夜の夢』と『夢邪想』の重なりの構造が見えてくるものだなあ……という感覚も、自分的には面白かった。

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夢らしく、というのか、『夢邪想』の物語は様々な要素が多層的に絡み合うものだ。差別の問題をはらんで、共同体を破壊する役目を末妹神(『夏夜』のパックにあたる)が担う。植本潤さんが4年ぶりの花組出演(そんなに久しぶりか……)で演じているのだが、そのどろりとしたパワーが無類。妹神の娘薄羽(堀越涼さん)がとても純粋できれいな心で人を愛する役で、生身の女の人が演じられない(表現しにくい)ところを見せていたかなと思う。凪依に恋する杉渓に小林大介さん。『宝塚BOYS』でもそうだったけど「戦中戦後の男性」感がとてもリアル。

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『夢邪想』では「魂を運ぶもの」である蝶々のイメージが出てくる。役名もすべて実際の蝶々の名前にあるもの。『夢邪想』では蝶々に誘われ、物語の奥深くに分け入っていくと、最後は自分の立ち位置も価値観もふわっとゆらいでいるような感覚にとらわれる。これはまさに「胡蝶の夢」(=現実と夢の区別がつかないこと)なのか……とふと思った。

公演は~23日まで、あうるすぽっと。26日~28日、伊丹AI HALL。

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