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2014/07/21

人間的な吸血鬼の哀しい恋を描く~キム・ジュンスさん主演の『ドラキュラ』

ドラキュラがレンフィールドに血を飲ませようとするとき赤い血をしたたらせていたのに、ハッとした。人ならぬ身のドラキュラだから、なんとなく身体に赤い血が流れていないような先入観があったので。(たとえば、『エリザベート』のトートは「青い血を流す傷口が……」という「愛と死の輪舞」の歌詞の通り、青い血が流れていたように)
赤い血が流れるドラキュラ……そう、人間的なドラキュラが自分の全存在をかけて恋をするのがソウル版『ドラキュラ』なのである。

韓国ソウルで開幕した『ドラキュラ』。7月17日と19日マチネ公演で、キム・ジュンスさん主演の回を観劇した(シア・ジュンスさんが舞台に立たれるときは、ご本名の「キム」を名乗るとのこと。これは、アイドル的な存在の「JYJのシア・ジュンス」でなく、一俳優として舞台に立たれるというご自分の決意の表れではないかと思う←このことは、以前にも書きましたが)。
フランク・ワイルドホーン作曲の『DRACULA THE MUSICAL』は今回の公演において、先行するブロードウェイ版、オーストリア・グラーツ版から新たに進化を遂げた。「ソウル版」というべき第三のバージョンとなっている。

原作はブラム・ストーカーの怪奇小説。私個人としては、同原作のものでは松平健さん主演のミュージカル『ドラキュラ伝説』で公演パンフレット、劇団スタジオライフの『ドラキュラ』の初演、再演で雑誌でのインタビューを担当した。また、グラーツ版を元とした日本版は初演のみ観劇。ほかグラーツ版の映像や映画、宝塚の『蒼いくちづけ』などを見ている(ブロードウェイ版は見ていない)。そのときに得た知識を交えつつ、ソウル版の感想を書いていこうと思う。

ただし、先に一つお断りしたいのは、私は韓国語は「サラン」「ミアネ」レベルの単語しか聞き取れないので、もしかしたら思い違いをしている可能性があるということ。韓国語がわかる方でもし間違いを発見されたら、ご指摘いただければと思います。

(以下、ソウル版の公演内容と結末部分、及び日本版、グラーツ版の公演内容について深く触れていきますので、これからソウル版をご覧になる方は閲覧にご注意ください)

ソウル版を見て最初に感じたのが、演出のデヴィッド・スワン氏はかなり具体的に、お客様にわかりやすく内容を提示したい演出家なのかなということ(スワン氏は日本では坂本昌行さん主演の『ALL SHOOK UP』を演出している)。たとえば、精神病院に入院しているレンフィールドの場面で、レンフィールドと同じ病院の患者が出てきたのは、私が今まで見た舞台版では例がなかったこと(びっくりしたけど、病院に入院しているということは他の患者がいて当たり前なんですよね)。また、レンフィールドが「ドラキュラ伯爵がトランシルバニアの土が入った木箱に入り、船でロンドンへ向かう」という話をしている後ろに船の映像が映るので、韓国語がわからない人にもその話をしていることが理解できるのだ。

このように、具体的なエピソードを見せているのがソウル版『ドラキュラ』の特徴だ。グラーツ版の『ドラキュラ』は、ミナがドラキュラに惹かれた直接的なエピソードをあえて作らないなど、具体的なエピソードよりも心情の変化を歌で綴ることをメインにしていた作品だったので、内容的にはソウル版は非常に大きな変更を施したということになる。

(この変更に関して、スワン氏とワイルドホーン氏が答えている韓国語のTHE MUSICALの記事が↓
http://navercast.naver.com/magazine_contents.nhn?rid=1487&contents_id=61463
から読める。「デビッド・スワンが『ドラキュラ』に参加して一番最初に着手した作業は、シナリオの修正」「不滅の人生を生きる吸血鬼の話をドラキュラ伯爵の人間的な面に焦点を当てた男の物語に変貌」「作曲家ワイルドホーンは、韓国の舞台コンセプトを快く受け入れ、それに合った新しいミュージカルナンバーを作成」という内容のことが書いてあるようだ)

まず、冒頭にドラキュラ城にジョナサンがミナを連れていくというエピソードも加えられている。これはブロードウェイ版にはあって、グラーツ版、日本版にはない設定。(グラーツ版をはじめとして、ジョナサンが持っているミナの写真を見てドラキュラが一目ぼれするという設定になっていることが多い)この場面で、ドラキュラが「エリザベス!?」と驚き、ミナが「いえ、ミナです」と答えているのが後の伏線となっている。

何より一番大きな変更は、ドラキュラが愛するミナに対して、自分がかつての恋人エリザベスを失ったエピソードを語るシーンがあるということ。ドラキュラがどうして吸血鬼になったか、そしてエリザベスそっくりのミナに惹かれた理由がこの場面ではっきりと理解でき、観客はここでドラキュラの心情にぐっと寄り添えるのだ。

そして、ジュンスさんのドラキュラは、おそらくこの場面を核として役作りされているのではないかと思われる。ドラキュラは心から愛する女性エリザベスと出会い結ばれた幸せの絶頂から、一転してエリザベスの非業の死によって絶望の底へと突き落とされる。さらに悲しみが怒りに変わり、エリザベスの死を許した神を呪って吸血鬼になってしまう……壮大なドラマが、数分間の中に展開する。この場面、「サラン(愛)」という言葉が何度も出てくるけれど、前半の愛しさを込めた優しい「サラン」から愛を失った後の「サラン」の悲痛な叫びまで、「サラン」の響きの違いの大きさにドラキュラの激情がそのまま伝わってきて、非常に心動かされた。(実際、二度目の観劇のときは、気づいたら私の目から自然と涙がにじみ出ていた…)

もちろん、実際に心を動かされたのはその話を聞いていたミナ。ドラキュラから距離を置いた位置で聞いていたミナは、この話を聞いてどうしても彼に手を差し伸べないではいられないというように、自然にドラキュラに歩み寄っていく。ミナ役のチョ・ジョンウンさんもジュンスさんの真情に心を動かされているのが伝わるとても自然な動き。演劇というのはただ台詞を言ったり歌を歌ったりするものでなくて、人と人との心の響き合いなのだと思う。まさにこの場面には人の思いに心を動かされるというドラマの真髄があった。

このように非常に人間的な心を持つドラキュラだが、ルーシーを吸血鬼に変えてしまうようなモンスターの一面ももちろん持っているわけで。正直に書くと、私が最初に見た15日はモンスターの部分と人間的な部分のバランスを取るのが難しいのかな、という印象だった。だが、17日に見たときは上記の場面の最後、ミナに受け入れられなかった悲しみから再びモンスターになってしまった……という彼の心理展開に説得力を持たせていて、ジュンスさんがドラキュラを自分の血肉としているのがはっきりと伝わってきた。

全編を通して見ると、ジュンスさんのドラキュラは「ミナへの愛」が軸となり、一貫している。当たり前のことかもしれないけれど、自分をカッコよく見せようとかいう余分な部分がない(ドラキュラ伯爵としての美意識はあると思うけど)、真摯な役柄へのアプローチがジュンスさんの身上だと思う。

また、見る前は「人ではない者」という点で共通している『エリザベート』のトートと同じような役作りにならないか……というのが若干心配だったのだけれど、これはまったく杞憂だった。初めから人間でなく、エリザベートと出会って愛を知ることで変わっていくトートと、元々は人間だったのに愛ゆえに人でない者になってしまったドラキュラ。青い血のトートと赤い血のドラキュラがまったく違うキャラクターとなったことにも注目された。

さて、非常にドラマティックで迫力のある音楽が、ご存知のとおりフランク・ワイルドホーン氏の特徴である。今回はドラキュラを追うヴァン・ヘルシング教授にヤン・ジュンモさん。私が見るのはなんと『冬のソナタ ザ・ミュージカル』以来(!)8年ぶり。(そのときの感想で「ファントムをやったら似合いそう」と書いたんですが、数年後に本当に『オペラ座の怪人』のファントムをやられてるんですよね、すごい)。ジュンモさんは豊かな歌声でドラキュラと肉薄できる迫力を見せた。この作品の中ではやや影が薄い(ごめんなさい、設定が、ということです)ジョナサンはチョ・ガンヒョンさんもカイさんも2幕のソロの歌で、一気に彼の人柄と心情を実感させられた。

そんな素晴らしい歌い手の方の中でも、際立っていたのがジュンスさんの歌声。

ツイッターにも書いたけれど、ワイルドホーン氏の楽曲にはロックな響きを重要な要素としているものが多い。ミュージカル俳優はクラシック的な素養のある方が多いせいか、あまりロックテイストのものを得意としない方もいらっしゃると思う(特にアジアでは。ブロードウェイではたとえばアダム・パスカルさんなど、ロック畑のミュージカル俳優も結構いると思うけれど)以前にブロードウェイで見た『ジキル&ハイド』でのスキッド・ロウのセバスチャン・バックさんのように、ポップシンガーでないと出せないワイルドホーンの曲の色合いというのが確かにあるのだ。ジュンスさんはそんな楽曲の魅力を十分に出していたと思う。ミュージカル俳優の中にあって、ジュンスさんの歌声の特異性がドラキュラという異形の存在の特異性とも重なって感じられた。

いわゆる「ドラキュラ物」らしいサスペンスな展開ももちろんあるが、このミュージカルの主軸はドラキュラとミナのドラマティックな愛に絞られている。終幕は日本版とは違う形だが、最後に抱き合う男女の立像にスポットが当たることによって、二人の愛が永遠に続くことを象徴する。

時間的な都合でリュ・ジョンハンさんがドラキュラを演じるバージョンを見られなかったのは残念。しかし、役に生きる力が強く、歌にドラマがあるジュンスさんのドラキュラに触れられたことは幸せだった。

※最後に、ツイッターで書いたことの訂正を入れておきます。
https://twitter.com/theresonlyhere/status/489965366735831040
で「この女性(エリザベス)の生まれ変わりがミーナ」
と書いたんですが、生まれ変わり設定は私の深読みだと思います。
舞台上では「ミナはエリザベスに似ている」(エリザベスに似ているミナにドラキュラが恋をする)というところまでしか描かれていないのではないかと思います。
(すみません、韓国語が聞き取れなくてハッキリしてないけど。『ドラキュラ伝説』が生まれ変わり設定だったので、そう思い込んでしまったようです)。ここで訂正させていただきます。

【7月22日追記】

たびたび訂正でごめんなさい!
http://www.jungculture.co.kr/news/articleView.html?idxno=1393
という韓国語記事の『ドラキュラ』のあらすじがありまして
11a. at Last
이야기를 듣고 슬퍼하며 이야기의 끝을 궁금해 하는 미나에게, 엘리자베스가 환생한 것이 그녀임을 이야기하는 드라큘라.
「(日本語訳)11a. at Last話を聞いて悲しんで話の終わりを心配しているミナに、エリザベスが生まれ変わったのが彼女であることを話すドラキュラ. 」
とありますので、エリザベスの生まれ変わりがミナだという設定でよかったようです。

※そして、以前のジュンスさんのミュージカル出演時に書いたブログのリンクも掲載しておきますね。↓

韓国版『モーツァルト!』(2011/06/22)

新たなトートを創造したジュンス~韓国版『エリザベート』見てきました(2012/02/21)

余談ですが、そういえば、2010年に井上さんに取材したときに「韓国版のモーツァルト!を見て……」とジュンスさんのお話を聞いたことが「見たい」と思ったきっかけだったのだなあ。ブログを読んで思い出しました。ちょうどその取材をしたのが2010年日本版『モーツァルト!』のポスター撮影のとき。今回の韓国滞在で見た『モーツァルト!』のパンフレットに2010年日本版のポスターが載っていて、勝手に不思議なご縁を感じてました。

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