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2013/09/29

私たちの「隣」にある物語~『ネクスト・トゥ・ノーマル』(N2N)(ネタバレあり)

(ネタバレありで書いていますので、観劇前の方はご注意下さい)

ブロードウェイで2009年に見て大変心動かされた舞台『NEXT TO NORMAL』(そのときの短い感想はコチラ)。
公演が始まる前にシルビア・グラブさんにインタビューさせていただいたとき、「『ネクスト・トゥ・ノーマル(N2N)』本当に素晴らしい作品だから、この魅力を皆さんになんとかお伝えしたい!」という話で意気投合(?)したのだが、この作品の魅力を特に見る前の人に伝えるのってなかなか難しいことだな、とは原稿を書きながら思ったこと。
双極性障害を持ったお母さんと家族の話……と書くと、なんだか暗くて重い舞台のような印象にとられてしまいそうで。
でも、実際に見た舞台はそんな重苦しいものじゃなく、笑う場面も、音楽的な魅力もあって。何より舞台に引き込まれた。決して一色で染め上げられていない、多彩な輝きを持っているというのが『ネクスト・トゥ・ノーマル』日本版を見て新たに思ったことだ。

特に思ったのは、この物語は母親の精神病を描くのもそうだけれど、家族の死にどう向かい合っていくか、というとても普遍的なテーマを持っている作品だということだ。これは特殊な家族の特殊な話ではなく、誰もが抱えることなのだ。
母親ダイアナはただ突然精神に変調をきたしたのでなく、幼い息子を喪った悲しみで精神の均衡をなくしてしまう。
家族の死にどう向かい合い、生きている家族とどういう絆を結ぶか……、これは決して特殊なことでなく、誰もが経験しなければいけないこと。

N2Nを見ながらふと思い出した個人的なことがあって。
私と同時期に親御さんを亡くした方と話していて「今は吹く風の中に亡くなった父がいるのを感じられるようになった。以前よりも父親が身近に感じられる」と聞いた。とても素敵な言葉だけど、残念ながら吹く風の中に亡母がいることを感じたことは私は一度もない。でももしそう感じられたらきっと幸せで精神の平安も保てるだろうなあ……と思った。逆に「吹く風の中に……」が、もしかして具体的な形を取ったとしたら、何かの(精神の)バランスが崩れたとしたら、ダイアナのように死んだ家族が目に見えるようになるのかも……などと思うと、ダイアナも父親ダンも娘ナタリーも決して人ごとではない。

「自分は普通」と思っていたとしても、その境界線は実はあいまいなもの。では、普通とは何で、who's crazyなのか。
ストレートプレイでももしかしたら描ききれないほどの複雑な問題かもしれないけれど、これはミュージカルにする意味があるのだと思う。
それは台詞で語り尽くすのでなく、音楽で感情を伝え、限られた歌詞の中で様々なイメージを膨らませることができる「余白」があるということだ。
ドクターが自分を好きだ?と妄想してしまうやりとりや、「お気に入りの薬」を歌うときに「サウンド・オブ・ミュージック」の「私のお気に入り」の一節を加えるような、くすっと笑えるシーンも茶目っ気もあり、ドライブ感のあるカッコいい音楽に単純に心動かされることで、より本質に近づいていける気がする。
もちろん、演出は一分の隙もないほどに完璧に作り上げられているのを感じる。(マイケル・グライフのオリジナル演出のままで見られて、本当によかった……! 日本版リステージのローラ・ピエトロピントさんも初期段階からN2Nに関わっている方とのこと)3階建ての装置を使って登場人物の動きを上下で重ね合わせることで、心理のシンクロ具合を見せるところなど非常に効果的だ。

気づけば日本版に3回足を運んでいた。
印象に残るのはシルビア・グラブさんのダイアナ。ブロードウェイで見たときの衝撃的な演技(実はブロードウェイで私が見たときはトニー賞受賞のアリス・リプリーでなくて代役の方だったのだけれど、代役でこんなに上手なのか、と本当にびっくりした)をほうふつとさせるもので、なかなか日本人で表現しきれないアメリカ人の心の機微をしっかり見せてくれた。(たとえば精神病治療の電気ショック療法のことを「カッコーの巣みたい」と言うところの強さは、なかなか日本人では表現しにくいところだと思う) ときどき見せる明るい表情(IT'S GONNA BE GOODの歌のところとか)は、ダイアナが本来はとても明るくて聡明な女性であることをうかがわせる。優れた歌唱力で、音楽の中で表されているダイアナの感情の激しいアップダウンと奥に潜む悲しみを余すところなく見せた。一方、安蘭けいさんは彼女の持つ苦しみが漂うダイアナで、特に「I missed the mountain」に情感がこもった。

そして、ゲイブの小西遼生さん。辛源さんはオリジナルキャストのアーロン・トヴェイト(映画『レ・ミゼラブル』のアンジョルラス役)の役作りと近いものを感じて、それはとても正しい解釈だと思うが、小西さんは日本人の感性による新たな日本版ゲイブを作り上げていたのではないか。ダイアナの頭の中で作りだした存在で、死んだ息子が18歳になった姿がゲイブなのだが、小西さんのゲイブはただの空想の産物でなくある種実態を持ったものとして存在していた。ときには死の世界に妖しく誘い込む負の存在であり、あるいは天使であり、あるいは「本当に18歳のゲイブ」であるような……。複雑で謎に満ちた小西さんのゲイブが、日本版N2Nにさらに陰影を与え、奥深いものとした。

ブロードウェイで見た印象は父親ダンはもちろんダイアナを愛してはいるんだろうけれど、もう少しドライなところがある(表面上がよければいい、的な)人に見えたのだけれど、日本版は岸祐二さんの持ち味か、あるいは日本語で演じているせいか、もっと誠実でダイアナに真剣に向かい合っているように感じた。だからこそ、ダイアナが去った後、今まで目をそむけていたゲイブの存在に初めて向かい合う(=家族の死ときちんと向かい合う)瞬間は非常に感動的だ。(ちなみに、この最後の場面以外は、ダンはゲイブと目が合いそうになるとわざと目をそむける演技をしている。これはブロードウェイ版公演時からあった演出、とブロードウェイ版を7回見てる人からうかがった)

ドクター・マッデンの新納慎也さん。患者を快方へ向かわせようとする医者としての信念がきちんと伝わってくる(決していい加減に治療法を選んでいない)演技。職業的な冷静さだけでなく、彼なりの誠実さや病人に対する思いがあるからこそ、「では、この精神治療は正しいのか?」という問題提起が明らかになったと思う。ダイアナの幻想の中でのロックスターぶり(笑)は迫力があって、この作品の中のよきアクセントに。

作品の終幕。N2Nの終わり方は決してはっきりとした答えが出ているものではない。でも「普通じゃなくてもいい、普通の隣くらいで」というあえてあいまいにした決着の付け方が実にあたたかく、未来への光を感じさせるところがとてもいい。

この作品が日本で見られてよかった。そして今回ばかりでなく、ぜひまた上演してくれることを望んでいる。

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2013/09/21

パワーと苦みがある物語~スタジオライフ『ビートポップス(BEAT POPS)』観劇しました

スタジオライフは新人を迎えるとその人たちを中心とする新人公演を上演する伝統がある。作・演の倉田淳さんの初期の作品『WHITE』が上演されることが多いのだが、今回はスタジオライフとしては三度目の上演『BEAT POPS』を上演。初演年は不明だが、2度目の上演は1996年で、山本芳樹さんが主役の道太を演じたとのこと。台本的にはおおむね1996年上演のものに沿っているようだ(今回の芝居上の設定も「1996年がリアルタイム」になっているので)。

たとえば宝塚の新人公演だと本公演の内容を新人のみで演じるのだが、スタジオライフの場合は新人たち(今回は11期生にあたるJr.11と入ったばかりの研修生にあたるフレッシュ)だけでなく先輩たちも出演する。

若者が自分たちの壁や殻を乗り越えて飛び出そう……というテーマは『WHITE』と共通するものがあるが、『BEAT POPS』ではそれに付け加えて、若者たちと彼らを見守り応援し、支える大人たちとの対比という視点が際立つ。作中の役柄としては演じるのはもちろん、劇団の先輩として彼らが一人前の役者になるために支え指導する姿がオーバーラップして、あたたかい手触りと、なおかつ苦みがある作品となった。

ダブルキャストの公演のうち、私が観劇したのはLOVEチーム(18日)。
ストーリーは「17歳の道太は引きこもって不登校になってしまっている。彼の母親は往年のグループサウンズのリーダー、ポーのファンで家の壁に彼の写真を張っていた。ある日、ポーがポスターから抜け出てきて、母親がポーと偶然出会ったという28年前へとタイムスリップさせる。行き先はBEAT POPSというディスコ。そこで自分と同年代の母親に出会った道太は、今は母と離婚してしまった自分の父親を探し始める……」というもの。

1968年の若者たちと触れ合うことで道太は変わり始める。まっすぐに走り始める若者たちを応援する大人たち、という構図はあるものの、決してそれだけではない。道太が自分の心のトラウマを乗り越えて走り出す姿はとても清々しいけれど、その先にあるのは輝かしい未来だけではないのだ。そのことを老ポー(1996年現在のポー)は知っている。将来は、苦しみもそして決して乗り越えられない壁があることがわかっていても「走れ」と道太に訴えかける老ポー(ちなみに、ポーの言葉は道太には聞こえていない……おそらく)。老ポーを演じるのは倉本徹さん。倉本さんは劇団では新人の役者さんが入団すると芝居の基礎から教える役目を担当しているという。新人たちと向かい合っている倉本さんご自身の姿と、若者を見つめる老ポーがオーバーラップして、熱い思いが劇場中に力強くほとばしったのは忘れられない。

(急に余談ですが。5年前くらいの雑誌の取材で松本慎也さんとスタジオライフのSenior(『トーマの心臓』初演以前入団の方たち)の皆さんの座談会を担当させてもらって、そのとき松本さんが「新人たちに一生懸命教えても、その子たちが皆退団してしまって凹んだことがあったけど、倉本さんは毎年変わらずに新人たちに向き合ってるのがすごいなと思う」というようなことをおっしゃっていて、倉本さんが「別に苦労して教えてる感覚はないよ、好きなだけだよ」とひょうひょうとおっしゃっていたことがあったな……と思い出しました)

そして、ポスターから抜け出したポーを演じた牧島進一さん。牧島さんも劇中七変化(笑)を見せつつ、彼らを見つめるあたたかな視線を常に舞台に感じさせていたのがよかった。牧島さんのポーと倉本さんの老ポーが別物にならず、うまく重なり合っていたのも効果的だった。牧島さんに後輩たちとの座談会で先日取材させていただいたときに、劇団の先輩として自分が歩んだ道を見つめて、後輩たちに「自分たちも頑張るから僕らを信じて思い切りやってほしい」とおっしゃっていて、なんて素敵な方なんだろうとそのとき思ったのだけれど、そんなお人柄の素敵さが芝居にもにじんでいたのではないかと思う。

1968年のレイコと1996年のレイコを演じた緒方和也さん。17歳の時の若々しい女性の感性と、45歳になったレイコの挫折を抱えつつもなんとか道太に向かい合おうとする姿の対比が非常に生きていた。「平成25年度時代の文化を創造する新進芸術家育成事業 日本の演劇人を育てるプロジェクト」の一環の公演で、育成対象者の一人である緒方さんが、今作の中では若者たちを支える立場を担い、しっかりと任を果たして心を打つ芝居を見せてくれたのも感動的だ。

こうして紆余曲折を経て迎えるラストシーンは、とても胸に沁み入ってくる。ラストは全員が歌い踊る終わり方なのだけれど、よく見ると、パワーではじける若者たちと、単純にはじけるのでない、どこか複雑で苦みをたたえた表情をしているポーと老ポー、そしてレイコがいることが見える。若者たちと大人の対比がラストシーンにもよく表れていた。

若者たちの前途は決して洋々としたものとは限らないけど、でも「頑張れ!」という思いに深く共感できた。
今回の舞台は劇団というもののあり方が見事に芝居にリンクして、作品としてのメッセージをより奥行き深いものにしているなと思った。

(※……と、そこそこ年が行ってる(笑)私は思いますが、道太や若者たちにまっすぐ感情移入できる若い観客の皆さんもたくさんいらっしゃるはずで。きっとご覧になる方によって、共感ポイントは変わってくると思います)


先輩たちの思いをしっかりと受け止めて、今できる限りのことを思い切りやったという印象の新人の皆さん。ディスコという設定で、バンドの生演奏による歌に思いをぶつけながら演じた。(この音楽の使い方も非常に効果的)

藤森陽太さんの道太は、ナイーブに心を揺らしながら、最後のブルーハーツを歌う感情の爆発まできっちりと役柄を演じ切った。鈴木翔音さんも等身大の若者像を勢いよく演じる。次回公演LILIESで主役を演じる二人だが、きっと今回の経験が役に生かされることと思う。ノブコ役の若林健吾さんは全然女の子の所作ではないけど、ある種力技で(笑)パワフルに押し切った感じが逆に好感が持てる。始まって1時間半後くらいに登場する、学生運動に身を投じている大学生役の仲原裕之さん。それまで舞台で続いてきた芝居とは、一人まったく色の違う演技を見せてはっとさせられた。若者の役だけれど、彼が内に抱えている苦みが静かに伝わってきた。

(公演は23日まで、ウェストエンドスタジオにて)

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2013/09/16

心情が歌にあふれ出る、柿澤勇人さんのロミオ~『ロミオ&ジュリエット』

『ロミオ&ジュリエット』やっと2回目の観劇(15日12:30)。柿澤勇人さんのロミオを見てまいりました。(この日、清水くるみさんのジュリエットを初観劇の予定だったのですが、怪我で休演とのこと。残念ですが、早く回復されますように)

柿澤さん、非常にパワーのあるロミオでした。柿澤さんって以前拝見した『春のめざめ』のメルヒオールのときもそう思ったのですが、一点に気持ちが定まると恐ろしいほどの集中力とパワーを発揮して、そのテンションが舞台全体にみなぎるのですね。今回もジュリエットに出会うまでのどこか心が定まらない状態から、ジュリエットという自分が本当に愛する人と出会ってからの変化の大きさ、特にその出会い以降のほとばしる心情が歌に溢れ出るところが素晴らしかったです。

そしてもう一つ私が感心したのは、マーキューシオがティボルトに殺された後、怒りにまかせてティボルトを殺してしまうところ。ミュージカルに限らずシェイクスピアの戯曲にのっとったストレートプレイ版でも、この場面のロミオってそれまで描かれてるロミオ像にそぐわない気がずっとしてたんですよね。急に興奮して人を殺しそうにない人っていうか、「シェイクスピアがそう書いてるから、ロミオはティボルト殺すのよね」という気持ちになったこともありました(笑)。
でも、柿澤さんのロミオはマーキューシオが死んだ後の落胆から感情が高まり、ティボルトを殺し、その後我に返って激しく落ち込む……という気持ちの流れが非常によくわかった。初めてこの場面で納得させてもらったロミオだったかもしれません。(ティボルトを殺した後の、がっくり頭を地面に着けたまましばらく起き上がれない落胆具合も、とてもリアルでしたよね)
直接柿澤さんに伺ったわけではないから想像にすぎないけれど、ミュージカルの『ロミオ&ジュリエット』はもちろん、シェイクスピアの原作戯曲も読み込んでいらっしゃるのかな? フランスミュージカルの常として、気持ちの流れよりもその場面場面の心情を歌いあげるスタイルの『ロミオ&ジュリエット』で(フランスミュージカルを、場面ごとにブツ切りにならないで物語として成立させる難しさは、以前演出の小池修一郎さんに取材させていただいたときに伺いました)、ロミオという人物のジェットコースターのような展開を、ただの波乱の出来事の羅列でなく、きちんと彼の心情から出たものとして表現されていたことに目を見張りました。

歌唱力が素晴らしいことはもちろんのこと、きちんと歌いかける対象に対して声も心情も向かい合っているのがよくわかるのも、とてもよかったです。
http://www.youtube.com/watch?v=kTQC4D_fqBU
この動画の最後の方の、1幕ラストのエメ。ジュリエットは映像に映ってないですが、柿澤さんの声で十何メートルか先にいるジュリエットの位置までよくわかる。芝居としての歌が成立しているところが柿澤さんの本領だなと思います。
ロミオとジュリエットの二人の心情のドラマがミュージカルとして、非常にリアルに伝わってくる今回の公演でした。


ということで、まだ見ていないのは古川雄大さんのロミオ(と城田さんのティボルト)。早くコンプリートしたいです!(笑)

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鬼フェス2日目に参加しました~あやめ十八番・ロ字ック

ロ字ックが主催する夏の演劇フェスティバル「鬼(ハイパー)FES.2013」(通称鬼フェス)。今年は3日間で22団体参加。1団体30分間の演劇を見せつつ、飲み物や食べ物の売店あり、占いやマッサージ(!)もありと夏のフェスティバルらしい楽しい仕掛けで見せるもの。今年で3年目だそうですが、私は初参加。一日に5団体見られるということで、今まで見たことがない劇団の公演を気軽に見られるというのもいいですよね。当日伺ってみて、主催者側のフェスティバルとして楽しめるような心配り、また今日16日は関東は台風通過の日だったのですが、いち早く(前日の15日中に)16日のタイムテーブル変更を発表する決断の速さなど、きめ細やかな対応が目を惹きます。(会場はシアター風姿花伝)

立ち見とのことだったので自分の体力を考え、最後の2団体、あやめ十八番とロ字ックを拝見しました。

まず、ロ字ック『SUMMER4分』から。終幕のフェスティバルらしい盛り上げ方も鮮やかで、一つ一つのエピソードが数珠つなぎのようにつながっていくストーリー展開の巧みさ、途中の歌・ダンスシーンの楽しさが印象に残ります。ただ私個人の嗜好としては、女性たちの赤裸々というかあけすけな感じの描き方がちょっと苦手でした……ごめんなさい(好みだと思いますし、会場の反応はよかったですよ)。

さて、あやめ十八番は『長井古種 かすり乙女』。規定時間の5分前に道具を舞台にセットし始め、落語風に主宰・作・演出・出演の堀越涼さんがゆるゆると語り出すところからスタート。この導入から芝居が始まり、芝居が終わってやはり道具を片づけゆるゆると堀越さんが語って閉幕するという、始まりと終わり方がとても粋で素敵。

ストーリーとしては、20代後半になった(堀越さんの実年齢かな)主人公の男性(堀越さん)が中学時代に果たせなかった「アリス・イン・ワンダーランド」の主役を演じるという夢を叶えるために、チシャ猫(美斉津恵友さん)やウサギ(大森茉利子さん)の助けを借りて自分の過去の世界に入っていく。が、過去の世界の自分は少女(土佐まりなさん)の姿になっていて……というもの。「アリス症候群」という、アリスのように周りのものが大きく見えたり小さく見えたりする症候群(実際にある症候群なんですね、知らなかった)や中学生の男の子、女の子たちの生態を見せながら、過去の自分に向き合い決着をつける……というところでしょうか。30分間のストーリーテリング力はたいしたもので、立ち見で決して見やすい状況ではないお客様の前でも、きちんと「演劇」として成立させていたこと、そして、「やりたいようにおやりなさい」というラストのメッセージに「きれいごとだけど演劇なんてそれでいいんじゃない」というご自分の立ち位置をきちんと示す、清々しい作品でした。

ということで評価をしつつ、今まで「あやめ十八番」の公演を何本か見て来た者としてはもう少し……と思う部分もありまして。今まで見てきた作品からすると、「現実と非現実が大胆に浸食し合った果てに、予想もしないような劇空間を生む」ということがあやめ十八番の特徴であるとするならば、今回は「現実」(=上記のメッセージ部分)の部分の割合が大きくて、それが観客にちょっとナマに伝わりすぎてしまったかな~という気がします。それが言いたいことなのだから、構わないといえば構わないけれど。

冒頭の「中学二年の夏だった。~」という台詞はとてもインパクトがあって面白いのだけれど、後の芝居とのつながりがちょっとよくわからなかったかなあ。あと、公演のタイトル『長井古種かすり乙女』と芝居の内容との関連性も(ユニット名にちなみ「あやめ」の花の種類をタイトルにした、というのは聞きましたが、タイトルも芝居の一部と思うので)。

と、エラソーな意見を書いてしまいましたが、これも期待の高さゆえのことですのでご容赦下さい。でも、演劇としてのパワーはとても伝わってきたし、初めての座組とは思えない出演者たちのアンサンブルのよさも際立っていたと思います。来年も公演があるそうなので、また別の作品も見てみたいですね。

出演者の中では、パパ役大塚尚吾さんの(『淡仙女』のときも思いましたが)確かな味わいと生きた息吹を感じさせる演技、チシャ猫役美斉津恵友さんの異次元な存在感(でも、上手側に立たれると私の立ってた位置からは殆ど姿が見えなかった……)が印象に残ります。堀越さんは冒頭の語りから物語に入り、また最後の語りに戻る流れがスムーズ。最後まで話を押し切る力の強さがさすがです。

鬼フェスは本日16日まで開催。台風のため2時間押しとなり本日21時終演予定なので、今から行けば間に合います!(笑)

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2013/09/14

上田遙30周年記念特別公演に伺いました

今日はダンスダンスダンスな一日で(笑)、夜は水さんのBeyond the Door、昼間は振付家上田遙先生の30周年記念特別公演を見て参りました。
木原実優さん出演ということで伺ったのですが、ダンスの表現する世界の大きさ、魅力を改めて感じました。
1部のBEAT GENERATIONは生のドラムスとダンサーたちの肉体が生み出す音とのコラボレーションで、非常に躍動感のあるステージ。2部の駅Stationは駅に集う男女に生まれる感情のドラマ。
3部のRokujoは六条御息所を舘形比呂一さんが踊るというもので、これがすごかった。上半身がぴたっとしたボディスーツのような衣装(下は袴を模しているような衣装)で、男性の肉体であることが明らかなのに、女性である六条御息所の心情がまざまざと伝わってくるのですね。本来はたおやかで美しい女性が恋の嫉妬に狂う切なさが、舘形さんの物語る肉体から非常に実感を持って伝わってきました。
多彩な舞台でしたが、根底にある「人間愛」を感じさせるのが上田先生がお作りになる世界なのでしょうね。

長澤風海さんの超絶技巧のダンスには目を奪われたし、中塚皓平さんのダイナミックさも気持ちよかったです。
百戦錬磨のそうそうたるダンサーさんたちの中で、実優さんは最年少に近い年齢だと思うのですが、非常にキレがよく爽快感のあるダンスを見せてくれましたね。ダンスしているときの表情が豊かで、踊ることを心から楽しんでいるのが伝わってきました。

実優さんのようにまさにこれからがスタート!というようなすがすがしいパワーにあふれるダンス、そして、舘形さんの人間の情念までもが表現される舞踊、そして、客席の心をあたたかく包み込むような豊かな表現力がある水夏希さんの踊り……と、様々なダンスを見た今日。人生の様々なポイントに、ダンスがある。私の拙い感受性も十分に揺り動かされた一日になりました。

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水夏希さん構成・演出・出演SHOW『Beyond the Door』観劇しました

水夏希さんが初めて構成・演出を担当され、自ら主演されるショー『Beyond the Door』初日を観劇しました。
今回、公演パンフレットでの水さんと演出家の荻田浩一さんの対談を担当させていただいています。また、オモシィで『Beyond~』についての水さんのインタビューを担当させていただきました(→コチラ)。

宝塚歌劇団雪組男役トップスターとして活躍した後、ご卒業されてから3年。新たな扉を開けて、ひとつひとつ新たな挑戦に真摯に取り組んでこられた水さんが、「一区切り」とされている3年目の今年の新たな大きな挑戦として、ショーの構成・演出に取り組まれたとのこと。

内容としては、前半の約60分のショー「Beyond the Door」では、新たな扉を開ける前の心の葛藤、そして、扉を開けた後には何が待っているか……ということを、水さん+4人のキャストで表現。
その後は、ゲストを迎えてのトーク+コンサート形式。

水さんの好みが前面に出た、とおっしゃっていたので期待を持って拝見したのですが、冒頭の扉を開けるまでのミステリアス+コンテンポラリー色の強い表現がちょっと意外(でも、荻田さんテイストにちょっと通じるか?)。
扉を開けてからは、宝塚色のドアを開けてジャジーでカッコイイダンスシーン、そして、素顔の実はおっちょこちょい(笑)の部分もあり、(本当にああやって、目覚まし時計を止めてるんでしょうか…?(笑))と、多彩な場面を魅力的に見せてくれました。衣装もマニッシュな衣装あり、銀色スパンの膝丈のワンピースあり。中でも印象に残るのはラスト近くの白い衣装でお一人で踊るシーンかな。水さんが豊かな心と愛情で劇場中を包み込んでいるような感じを受けて、非常に感動的でした。

後半はゲスト藤岡正明さん。「レ・ミゼラブル」より、マリウスの曲ではなくて「Stars」(「僕がこの曲を歌った意味を考えていただければ……」とおっしゃってたので、いろいろ考えてみたんですが、正解は何だったのでしょうか)。迫力のある歌声ですばらしかった。そして、水さんとのデュエットで藤岡さんのオリジナル曲「朝靄」。声質が合っているのか、お二人の声の響きとハーモニーがとてもよかったです。あと、藤岡さんの代役出演のロジャーを見てる私としては、再び「RENT」の「SEASONS OF LOVE」を聞けたのもうれしかった(歌われたのは男性ソリストパートでした)。

で、「SEASONS OF LOVE」は水さんが退団後、毎年夏に行っている公演で毎回歌われているそうで。宝塚を退団してからの1年1年を振り返り、そしてこれからの1年への思いをはせる、という意味合いのようです。それは水さん自身が一歩ずつ前に進んで、ひとつずつドアを開けていきたい、という思いでもあり、一緒に歩んでいるファンの方たちへの感謝の気持ちでもあるかなと思いました。

アンコールの最後で客電がついたときに「今回ショーにしちゃったから、(客席が暗くて)みなの顔が見られなかった。やっと顔が見られた」といって、舞台を端から端まで歩いて、客席のお顔をくまなく見てらしたのが、とてもお人柄が出てらっしゃいましたね。

盛りだくさんな内容の中にもいろいろなポイントやメリハリがあり、これが水さんの頭の中か~と思う部分もあり(笑)非常に興味深く拝見しました。出演者では、幅広く達者な実力を見せた上口耕平さんが印象に残ります。あ、そうそう。最後にもう一つ。2階から拝見していたのですが、ショーの最後の方で舞台に引かれた、中央を意味する「0番」のラインの位置で踊ってらっしゃる水さんを見て、水さんはこの「0番」の位置が似合う人だな、というのを改めて感じました。

Beyond the Doorは品川プリンスステラボールにて、15日13時、17時上演。

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2013/09/04

『ロミオ&ジュリエット』初日観劇しました

ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』再演の初日公演を観劇しました(9月3日、シアターオーブ)。
ジェラール・プレスギュルヴィックによるフランスミュージカルで、このブログでは

フランス人キャストによる来韓公演版(2009年)
宝塚歌劇団星組の梅田芸術劇場メインホール柚希礼音さん主演公演(タイトルは「ロミオとジュリエット」)
そして、
男女出演版の『ロミオ&ジュリエット』の2011年初演バージョン

の記事をアップしています。(他にも宝塚歌劇団雪組、月組公演、2012年のフランス人キャストの来日公演を観劇。ちなみに2009年に見たものは2012年来日公演とは別演出。2009年に韓国までわざわざ見に行ったときはこんなに日本で見られる作品になるとは思いもしなかったなぁ…)

今回のシアターオーブでの公演は作品としては前回2011年版の再演なので、作品全体としての感想は上記のものをご参考下さい。

今回の再演版を拝見しての感想は、前回と比べて一人一人のキャラクターが非常にくっきりとわかりやすく(伝わりやすく)なっていたということ。たとえば、「ジュリエットが舞踏会で初めパリスと踊っていたのを逃げてきて、今度は大好きないとこのお兄ちゃん(ティボルト)と踊れてほっと安心する」というような、全員の心の動きが一つ一つよく見えるようになっている。あえて時代をスマホやフェイスブックがある現代に移しての上演なのだが、今回の再演では皆の心情にさらにリアルさが出てきたというところだろうか。
それは、初演の赤坂ACTシアターと比べて劇場のタッパ(高さ)も奥行きも格段に大きくなった舞台空間を生かしてよりダイナミックな演出、見せ方が可能になったというところから来ているのかもしれない。1幕ラストの結婚式の場面でも、バージンロードを歩くジュリエットの動線が斜めに長くなっているので、ジュリエットがまっすぐロミオに向かい合う心情が浮かび上がってきた。舞台左右に櫓を張りだして、そちらから出演者を出演させて立体的に表現する効果も。

今回の再演で格段に変わったのはもちろん、初演より続投のロミオ役の城田優さんだろう。稽古前の3人初対面という段階で城田さん、柿澤勇人さん、古川雄大さんの鼎談を取材させていただいたご縁もあって注目して拝見していたのだけれど、まず歌唱表現力が前にもまして豊かになった。これは『4STARS』でレア・サロンガ、ラミン・カリムルー、シエラ・ボーゲスというまさに世界のトップクラスと共演して一緒にショーを作った経験が非常に生きているのだと思うが、高音部の伸びと低音部の響きが増したことが、ロミオという心情がジェットコースターのように様々に揺れ動く人物を表現するのに素晴らしく効果的なのだ。(つまり、声の響きを変えることで、その人物の心境の変化が的確に伝わるということですね)だからたとえば、「僕は怖い」の歌も1幕目の漠然と心に漂う恐れから、2幕目の激しい悲しみと絶望へと色合いを変えて表現できるのだと思う。(→ごめんなさい、訂正! 2幕目に歌ってるのは「憎しみ」です)

同じく前回から続投のフランク莉奈さんも初々しい可愛らしさはそのままに成長の跡を見せて、城田さんとフランクさんが見せる心情の動きがまさにまぶしいほどだ。
こうしてロミオとジュリエットの二人に心を惹き込まれているうちに、二人の恋が織りなすドラマに身を委ね、最後のカタルシスまでを十分に堪能できたのだと思う。

そして、ベンヴォーリオの尾上松也さん。これが非常によかったのだ。役に生きているというのはこういうことか、と思うほどで、上に書いたようにこんなに様々なバージョンで何度も見ている作品なのに、松也さんのベンヴォーリオを見て新たに発見するところがたくさんあった。たとえば、2幕のキャピュレット家とモンタギュー家の争う場面で、ベンヴォーリオがロミオの熱情を目の前にして、今まで反対していたロミオと共に「誰もが自由に生きる権利がある」と歌う気持ちになるところに、ベンヴォーリオの心情の変化のドラマがまざまざと感じられたり。城田さんが皆さんをしっかりリードしているのはもちろん、松也さんの芯のしっかりした芝居が若手が多いこの座組の要にもなっているのだと思う。
ちなみに松也さんにも公演前に取材させていただいてこのミュージカルにかける並々ならぬ意気込みを伺った。「ダンスは経験がないので……」とおっしゃっていたのだが、「世界の王」でもしっかりリズムに乗って踊ってらして一安心(笑)。(もしかして、乳母役の未来優希さんのアドリブのとおり、ちょっと「昔のアイドル風」かも……重ねて失礼しました(笑))でも、「世界の王」が終わった後に嬉しそうに城田さんと肩を叩き合っていたのが微笑ましかった。実際に同じ高校に通っていたころから友達だという城田さんと松也さんの「マブダチ」感が、今回の公演ではとても生かされていたと思う。このあたりは、他のロミオ役の柿澤さん、古川さんと組んだときはどう見えるのかが楽しみなところ。

ティボルト役の加藤和樹さんは大舞台で映える迫力のある演技を見せながら、ジュリエットを思う繊細な心を表現。率直にいうとカッコよかったです。まさに異形のものを実感させる「死」の中島周さん。たとえ群衆に交じっていても特異な存在感が際立って、人間の日常に潜む「死」の姿を見事に具現化して見せた。涼風真世さん、石川禅さん、未来優希さんらベテラン勢も非常に確か。

今日は初日の特別カーテンコールもあり、演出の小池修一郎さん、TETSUHARUさんのご挨拶に最後は出演者の客席降りもあって(これは特別カーテンコール仕様かしら?)華やかな祝祭感に包まれた。何より出演者たちのパワーが感じられる新生R&J。明日から初登場となる柿澤さん、古川さんがどんなロミオを見せてくれるのか? そして新たにダブルキャストでティボルト役を演じる城田さんは?(今日見るまでその大変さを実はちゃんと実感していなかったのだけれど、改めて、こんなに声の出し方も感情もまったく違う役を二役同時に演じるのは本当に大変……と気がついた)と、今月は「ロミジュリ」通いが続きそうだ。

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