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2013/06/27

「伊勢系水巴」を見て演劇とは何かを考えた~Fight Alone 3rd Dチーム

エムキチビート主催による、15分の一人芝居×4人=合計1時間の公演「Fight Alone 3rd」。4人チームが全部でA~Fの6チームあるうちのDチームを観劇(26日21時)。
場所は恵比寿駅前バー。当日はお客様が満員。会場がバーなのでアクティングエリアは相当狭く、1番前のお客様だったらほんの50センチほど先で演じている形に。一人芝居だが、作・演出・出演を兼ねるものと、作演出は他の人の作品と両方あるとのこと。

演劇って何なのかという定義はいろいろあると思うけれど、客席を含めて劇空間をつくるということが演劇だとすれば、4人目に演じた堀越涼さん(あやめ十八番/花組芝居)作・演出・出演の「伊勢系水巴」はまぎれもなく「演劇」だった。

ともすれば、近すぎる、かつ劇場でない空間での演技は、演技だけが孤立してしまって客席と親和しないもの。
でも、堀越さんは登場の瞬間から観客の心をぐっとつかみ取ってみせた。冒頭は落語のスタイルで(と言ってもスタンディング&扇子なし)、いわゆる「枕」のフリートーク的な話をしながら、本筋の話へと向かっていく。舞台は大正時代、高浜虚子の弟子の渡辺水巴という実在の人物の話(実話ではなくて、創作とのこと)。めまい持ちの水巴は何年も思いを寄せる芸者がいた。めまいのような心の揺らぎと関東大震災という現実世界の大きな揺らぎが重なり合うとき、彼の芸者への愛(執着)が夢とも現実ともつかないものへと変わっていく……。

設定としては水巴が高浜虚子に語る形になっていて、観客は虚子の視点を借りながら物語世界に次第に奥深く入っていくことになる。水巴の一人語りが主だが、落語の形にならって一瞬芸者を演じるところもある。普段女形さんをやっているということもあるけれど、その一瞬の女性像が非常に際立っている。あるいは、アクティングエリアの後ろにあった木の引き戸を襖に見立てるアクションで急に空間が広がって、現代の恵比寿のバーが急に大正時代の芸者屋にタイムスリップしたような錯覚を覚える。鮮やかなイメージの連なりが想像力をかき立てられて、最後のフッと落とされる感覚も含めて、見事に「演劇」だったなと思う。

他に、かっちりした芝居を作り上げた榎原伊知良さん(THE 黒帯)の『Last Ogre Standing (at the bar)』、すみません、途中で設定が読めてしまってうまく話に入りこめなかった……の若宮亮さん(エムキチビート)の『正義』、カレーを作ることで生々しい感覚を呼び起こさせる善積元さんの『私たちの考えた私たちがもう治っているという事』を上演。

公演は30日まで。

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2013/06/21

23年ぶりに見たレア・サロンガ「ミス・サイゴン」のキム~「4STARS」

素晴らしかった! 本当に2時間が夢のようなひと時だった「4STARS ~One World of Broadway Musicals」。
制作発表記者会見でレア・サロンガさん、ラミン・カリムルーさん、そして城田優さんに取材させていただきましたが(Best Stageに掲載済み)、なんて貴重な経験をさせていただいたのだろう、と改めてかみしめています……。

公演は上記の三人プラスシエラ・ボーゲスさんで、ブロードウェイミュージカルの真髄に迫る曲を怒涛のように、惜しげもなく披露していきます。まず、この構成が見事。音楽監督、編曲は「ラスト5イヤーズ」のジェイソン・ロバート・ブラウンですが、大変なスピードと熱量で作り上げています。たとえば、「ミス・サイゴン」の「WHY GOD WHY」も超有名な曲だと思うのですが、ほぼサビだけ! という潔さ。ある意味、もったいないというか全曲聴きたい! と思うところももちろんありますが、そうしないと、これだけの曲数は2時間では歌いつくせないでしょうし。でも、じっくり聞かせる曲ももちろんありました。

とにかく、レア、ラミン、シエラのパフォーマンスが素晴らしいんですよね。音楽的にうまいということだけでなく表現力もある。レア、シエラて日本人の感覚でいえばかなり堂々とした雰囲気をおもちなのですが、ディズニーの歌を歌うと、急に宝塚の娘役もびっくりのキラキラしたかわいらしさを振りまける。歌(というか、表現される作品)によって、まったく違う雰囲気を体現できるのですよね。このことにまずびっくりしました。

そして、自分が実際にはしてない役の歌でも、見事にその作品の奥底まで表現できる。ラミンにしても「南太平洋」や「ラスト5イヤーズ」はやっていないと思うのですが、(「ミス・サイゴン」クリスはツアーで演じられてました! ごめんなさい)ああ、これが、ただの歌じゃなく、ミュージカルの歌を歌うということなんだ……。本当に目から鱗が落ちるとはこのことです。

怒涛の構成の中でも、メドレーとして大きいキーとなる部分が、「オペラ座の怪人」「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」。ラミンとシエラといえば、オペラ座の怪人25周年記念コンサートのお二人。その歌声の迫力に圧倒されました。シエラのクリスティーヌのなんと可憐なこと! そしてクリスを誘い込むラミンファントムのセクシーなまでの歌声、そして最後の切ない響き……。これが1部の最後だったのですが、終わった後に隣の席に座っていた方に声をかけられてもすぐには答えられない(言葉が出てこない)くらい感動しました。

2部冒頭の「レ・ミゼラブル」。レアの「オン・マイ・オウン」のあふれる情感、ラミンの「彼を帰して」の包み込むような深い愛情をもった歌声、「シエラの「夢やぶれて」も非常に感動的でした。

2幕後半の「ミス・サイゴン」。私は23年前にロンドンでレアが演じるキムを見ています。取材でお会いしたときにも「20何年前にロンドンで見たんです」という話をさせていただいて(そのときレアは、「あれは、22年? 23年前?」と20何年前の話の方に反応して、「そうよ、私は古代から生きてるのよ~」とラミンと城田さんにおっしゃってたんですが(笑))、そのときも「ぜひ、『I'D GIVE MY LIFE FOR YOU(命をあげよう』が聞きたい」とお伝えしましたが、念願叶いました。

あれから23年……、人生経験を積んだ後のキムです。でも、目の前に現れたレアのキムはそのときのまま、まっすぐで純粋で、守ってあげたくなるような儚さと強さが同居しているキムでした。びっくりしました。と、同時に23年前の舞台の記憶がどんどん蘇ってきた。「こうやってたな」とか。なんだろうな、あのときのキムが本当に正解のキムだったんだな、というか、だから今も変に付け加えるのでなく、そのままストレートにそのときのままになれるのかしら。

BEST STAGEのインタビューでも書いたとおり、レアは「母になってから歌った『命をあげよう』は、当時とは違う(実感のある)ものになった」とおっしゃっていたんですが、23年前ののままでありながら、さらに深みを加えた歌声が23年の年月なんですよね。いや、本当にすごかった。

とまさに「世界クオリティ」の中で、ただ一人日本から参加した城田優さん。大変な挑戦だったと思いましたが、本当に「城田さんでよかった!」と思いました。彼らに臆することなく食らいついていこうとするチャレンジ精神、そして、大変な練習を積んだであろうことは歌声からもはかり知れました。また、同じ土俵に立って仲間としてしっかりコミュニケーションしながら作品を作っていったこともうかがわせたのもよかった。個人的には、コピット版の「ファントム」の歌が素敵で、実際にファントムを演じているところが見てみたいと思いましたし、「スウィーニー・トッド」の「ジョアンナ」の表現力が格段に増していたことにも目を見張りました。

このステージが日本で見られたことが奇跡、と思える。素晴らしい経験でした。
実はこれからもう1回見てきます! 堪能してきますね。

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2013/06/13

多層構造で描く太宰治の「女生徒」~おおのの『みすゞちゃん』

昨日は下北沢・楽園で行われている「おおのの」の『みすゞちゃん』へ。
太宰治の『女生徒』を原案としている舞台だそうで、そういえば「おおのの」で以前見たな~と思って遡ってみたところ、2009年の『太宰治のオンナの小説』という朗読劇でした→当時書いたブログはコチラ。ちなみに、作・演出の大野裕明さんが一番好きな太宰治作品が「女生徒」とのこと。

夏目漱石・太宰治など、文豪たちの生き様を描く文豪シリーズが多かった「おおのの」ですが、今回は趣を変えて可愛らしく女性像を描くというもの。楽園に組まれたセットも太陽、月、星をモチーフにした、少女の夢をそのまま装置にようなものでした。

原作の『女生徒』は青空文庫で読めますが、昭和初期の夢見がち(妄想しがち)な女生徒の一日を描いた作品。そして、今回の舞台はさらに一ひねりして、昭和初期の女生徒の一日と、現代のOL(藤沢志帆さん)の一日を重ね合わせ、さらにそのOLの過去の姿である少女(木原実優さん)が出てくるという多層構造の舞台です。

女性の中の心の揺らめきや少女の部分が日常生活や追憶の中でだんだん浮かび上がってくる様子を映し出していきます。
女性の妄想がどんどん発展していくという様はなかなか面白い(山下禎啓さんのロン毛からどれだけ妄想が発展するんだという(笑) さすがにネタバレなので書きませんが、山下さん妄想フィーチャリングな舞台ともなっています)。

女性の中の内なる少女性……というのは、まあ、女性の自分からするとちょっとこそばゆい感じにもなっちゃうんですけど(笑)。やっぱりそれは、男性の方が考えるものとは違うと思うので。

ただ、木原実優さんの少女の、本当にニコっとしただけで空間が明るくなるような瑞々しい煌めきを、素直に舞台に映し出した大野さんの手腕を評価したいと思います。

聞いたところによると、実優さんは演劇の舞台としてはこれが初舞台とのこと。バレエ・ダンスで舞台に立っているとはいえ、演劇空間の中できちんと立ち、存在感を放っていたところにも目を見張りました。コンテンポラリー系の雰囲気のある可愛らしい振付も実優さんが担当。舞台でのしなやかで伸びやかな動き(ダンス)も魅力的。

藤沢志帆さんのみすゞちゃんは、実優さんの少女とうまくリンクさせつつ、少女性を取り戻していく様子を丁寧に表現。美斉津恵友さんの使い方はちょっと贅沢(言い方を変えるともったいない)だったかな。幻想で出てきたクウェートにいる伸ちゃんの役を演じてる姿は素敵でしたけど。山下さんが演じる、肩叩きされるお母さんの優しさに心温まりました。

上演時間85分。公演は16日まで(下北沢 小劇場楽園)。

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2013/06/12

力強いメッセージを感じるオリジナルミュージカルの佳作~『冒険者たち』

ミュージカル『冒険者たち』、昨日観劇しました。
原作は児童文学の『冒険者たち ガンバと15人の仲間』。『ガンバの冒険』としてアニメ化されているのが有名で、いろいろな団体による舞台化がされているようですが、私は舞台版を見るのは初めて。

開幕前は、児童文学だしね、という気持ちもなくはなかったのですが、予想はいい意味で裏切られました。

都会のネズミのガンバが海に憧れて、船乗りネズミたちのところに行き、突然現れたイタチたちにより絶滅の危機にひんした島ネズミを救いに行く……と書くと、割と単純なストーリーに思えますが、パンフレットに書いてあるとおり、舞台が進行していくうちに、ある意味今の日本のフクシマの状況のメタファー(寓話化したもの)のようにも感じられるのです。50年前の作品なのに、と思うとちょっと怖いくらい。(原作者の斎藤惇夫さんが「60年代安保闘争に敗北し、最早出口なしとうつうつ鬱々としていた精神が…(中略)出口を模索しながら書いたのがこの物語」とあるように、もともと、ただのネズミたちの無謀な冒険物語として書かれたものでは決してないのですね)

そして、、子供向けの舞台にありがちな表現でなく、心情部分をきっちりと描いている。たとえば、ガンバが島ネズミを助けに行こうというのに、皆が「無謀な戦いで死ぬことはない……」と去っていこうとするあたりの気持ちを、ちゃんと大人たちの行動線として描いているので、物語の進行がちゃんと実感に落ちてくる。

……見ているうちにすっかり引き込まれて、ガンバに頑張れ! と思うし、仲間の死には涙してしまう。
清々しくも心を打つ、佳作でした。

シルク・ドゥ・ソレイユのようなエアリエルを使った表現。ジャック・スパロウみたいな船乗りネズミ(坂元健児さんが!(笑))、「ジギー・スターダスト」のころのデヴィッド・ボウイにそっくりのこしらえのイタチ(今拓哉さんが!!(笑))と、ちょっと楽しい仕掛けもありました。

まっすぐで陽性の持ち味がよくガンバ役にぴったりハマった上山竜司さんが大きさも見せて好演。色気のある舞台姿が魅力ある辻本祐樹さん。若手キャストの中で、坂元さんの実力と今さんの迫力ある怪演(?)が舞台をより奥行き深いものにしていたとしていたと思います。

そうだ、「海を見ることは夢を見ることと同じ」という言葉がすごく素敵に響きました。

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2013/06/11

あやめ十八番ワークショップ・オーディション見学しました

9日、あやめ十八番のワークショップ・オーディションを見学しました。
全8回行われた内の最後の回です。
あやめ十八番は花組芝居の堀越涼さんが作・演出・出演をする演劇ユニット。今回は次回作(鬼(ハイパー)FES.2013参加「長井古種 かすり乙女(仮)」)と次々回作(来年春予定)出演者オーディションを兼ねたワークショップ(WS)だそうです。
ちなみに前回のWS見学の時に書いたブログはコチラ

この回はWS参加者プラス前回出演のもなみのりこさん、丸山夏未さんも参加。音楽で丸川敬之さんがギター生演奏+歌を担当してました(WSで生演奏って贅沢!)。

WS冒頭、堀越さんがあやめ十八番が目指すものをだーっと語ります。

目指しているのはリアルな肉体(現代口語演劇とは違うところにある「リアル」)→劇空間で、「なんでこんなことがっ」という飛躍がある中で生じるリアリティ。そして、「幸せって何だ」ということ。

さらに、演出の方法論として「真似る」ということ。堀越さんが所属する花組芝居で作・演出を担当する加納幸和さんが役者のため、実際に演じて見せることが多いそうです。堀越さんが実際に演じている様子を真似してもらう形を取ることがある、とのこと。

(真似をするっていうともしかしたらコピーになっちゃうんじゃないのって単純に連想される方もいるかもしれないですが)真似る=学ぶなわけで。歌舞伎などの古典芸能はまず「真似る」ことから始まるし、その「真似」の中からどうしようもなく元の人と違って表れてくるものが、演じ手の個性なんじゃないかと。そして、うまい人を真似ることで演じている人が底上げされる効果もある、というようなことをおっしゃってました。

急に話が遡りますが、たしか花組芝居『ザ・隅田川』で入座披露で出演していた堀越さんを見て「お上手ですよね」という話を加納さんにしたら、「堀越はね、真似るのがうまいんですよ。『こうするんだよ』って僕がやって見せるとすぐそのとおりにできちゃう」と加納さんがおっしゃてたのを思い出しました←自分でも何年前の話を記憶してるんだって感じですが(笑)、なんか印象に残った言葉だったんでしょうね。そのあたりも、天性の勘ということなんでしょうか。

で、そこからWSがスタート。8回あったWSで毎回違う内容をしていたようですが、私が見学した回は、初めの声出しとして、「ザ・隅田川」の中の台詞の一節を。歌舞伎の特殊な言い方を真似る(まさに「真似る」ですね)ことをやってみて、次は、前回公演『淡仙女』の台本から両親と兄妹の4人の会話を演じます。(ちなみにその公演について書いたブログはコチラ

……ちょっと特殊な感想かもしれませんが、私もときどき稽古場レポートとかを雑誌で書かせていただくことがあるのですが(あっ、今出てる「Sparkle」でもアミューズの「FROGS」の座談会取材と稽古場レポート書いてます……宣伝(笑))、拝見していて思ったのは「稽古場レポートを(仕事として)書いたら、きっと書きやすいんだろうな」ということ。それは堀越さんがつけてらっしゃる演出が明確だということだと思う。今回の参加者の方たちも多分そう思われてる気がしますが、多分言われていることがわからないということがないのではないかと。指示が具体的(「言葉をこねない」とか技術的なことも含めて)だし、あるときは堀越さんが演じてみせることで、非常に受け止めやすいものになってる気がします。

あと、もう一つ。私がそうやってたまに稽古場に伺っても、実はそれほど毎回毎回、目に見えるような「劇的な瞬間」というものは訪れないわけで。普段はそれこそブロックを積んでいくような地道な繰り返しであることの方が多い気がします。

ただ、今回驚いたのは、上記の『淡仙女』のシーンで、WS参加者の一人にに代わって堀越さんが舞台で演じた夏枝(母親)の役を演じたとき。他の三役のWS参加者の方たちも堀越さんの演技に呼応して、本当に目を見張るほどに色鮮やかに演技が変わってきたので、びっくりしました。本気が本気を引きだすというか。

前回のWSでもあった、音楽と芝居をハメる「音ハメ」というので、芝居の台詞と生演奏のタイミングがきれいにかみ合うと本当に気持ちよかったり。

WSは最後に、次回公演の「長井古種 かすり乙女」の冒頭のシーンを演じて終了しました。
びっしり3時間、ある劇空間が垣間見えたWSでした。

現在、独り芝居のフェスであるエムキチビートエムキチビート『Fight Alone3rd』に、堀越さんが「伊勢系 水巴」で花組芝居/あやめ十八番名義で参加中(30日まで)。
次回は鬼(ハイパー)FES.2013参加「長井古種 かすり乙女(仮)」(9月14日~16日のうちの1日1ステージ)。

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2013/06/01

今も変わらずリアル!~ブロードウェイミュージカル『HAIR(ヘアー)』

ブロードウェイミュージカル『HAIR』(ヘアー)来日公演初日を観劇しました。

1967年のベトナム戦争とヒッピームーブメントに揺れる時代をリアルタイムで描いたのが『HAIR』。改めて、これがリアルタイムで作られたということに驚きがありました。(日本で言えば『飛龍伝』か?)でも、それを懐古趣味で描くのでなく、今の自分たちの問題としてつきつめて作ったものが今回の『HAIR』だと思います。

今回のHAIR上演の流れとしては、セントラルパークの夏の無料公演(←私は、NY旅行中朝早くから並んだのに、チケット取れなくて見られなったという思い出が(苦笑))、そして、ブロードウェイに移っての劇場公演にという過程。劇場版は見ることができましたが、たまたま私が見たときが出演者全員が代役さんという非常にレアな公演で。でも、それこそ宝塚の新人公演のような「1回限りのチャンスにかける」という熱い思いが舞台から伝わってきたのを思い出します。
今回の日本公演もそのときと同じように、出演者たちの熱い思いがひしひしと伝わってくる公演でした。

客席を巻き込んで盛り上げるのが多い公演なので、翻訳上演はどうかな…と思いましたが、冒頭、リーダー格のバーガーが日本語を交えながら(フライング・ゲットとかね(笑))チャーミングに盛り上げ、その後も客席通路を多く使って、上手に客席の心を盛りたてていっていたと思います。ブロードウェイの劇場よりはずっと大きいシアターオーブも、舞台と客席がうまく一体化していたのではないかと。

出演者たちにとってはベトナム戦争とかヒッピーとか、決してリアルタイムのものではないはず。でも、それをちゃんと自分たちの実感に落とし込んでいるのがよく伝わってきて。特に終幕、徴兵されて悩んでいたクロードの結末が現れるあたりの登場人物たちにたぎる思いの強さに圧倒されました。アメリカで上演されている作品を見てよく思うのですが、「戦争」というものに対する感じ方が「現実」なんですよね。「アメリカン・イディオット」を見たときも、戦争シーンが作りごとじゃないリアルさがあって、日本で演じられている舞台の戦争シーンとはまったく違うところに息をのみました。身近なところに(たとえば自分の家族やら、お友達のお兄さんが兵士だとかで)戦争がある人たちの受け止め方は、ある意味戦争などの問題をリアルでは受け止めきれない日本人の私たちとは違うな……と。(それがいいか悪いかは別問題として)

というシリアスな側面と、もう一つはショーとしての楽しさと。当時の息吹を十分に伝えるショー的表現の楽しさもあって、そのシリアスとエンターテインメントと両方をつかめているところが、HAIRなんだなと改めて思います。
特にカーテンコールは、ブロードウェイの時と同様に、舞台にも大勢お客様が上がって全員で盛り上がるという。一体感のあるラストが心地よい興奮を残します。

結構きわどい台詞もたくさん出てくるのですが、それを翻訳字幕にもちゃんと入れていたこと、そして1幕最後の「BE IN」のシーンで全員がベトナム戦争、徴兵制に反対するという意味で全裸になるシーンがあるのですが、「日本ではどうかな、やるかな」と思っていたのですが(アメリカでも、州の法律によって全裸にはなれないところもあったとのこと)、それも(ブロードウェイ上演時よりは照明を暗くしてはいたものの)きちんと全裸になってくれたこと。これは、ただの下世話な意味でなく、ベトナム戦争への抗議の思い、そして、自分たちが持っている虚飾をすべて脱ぎ捨てたいという内面の欲求(がヒッピームーブメントにつながるのだと思う)が全裸になることによって具体的に表されている大事なところだと思うので、そこをちゃんと表現してくれたこともよかったと思います。日本での上演の主催はキョードー東京ですが、作品をきちんと取り上げる姿勢は高く評価したいです。(さすが、ビートルズを呼んだ会社というか(笑))

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