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2013/04/30

THE LOVE SHOW来日公演「くるみ割り人形 R指定」

昨日はTHE LOVE SHOW「くるみ割り人形R指定」へ。ニューヨークを本拠地とするグループの初来日公演。バレエの「くるみ割り人形」を元としつつ、舞台を現代のNYに移し、「R指定」(笑)での上演になっている。原作では可愛らしく表現されている、ハツカネズミの集団がニューヨーク地下鉄のねずみに。雪の女王の白い粉雪は同じ白い粉であるヤクに。くるみを割るのも…えーと、女性が書くのははばかられる感じのネタに…(笑)と、大胆アレンジ。音楽はチャイコフスキーの「くるみ割り人形」(SOFT BANKの「お父さん」の曲も実は「くるみ割り人形」)とヒップホップなどの現代POPとのMIX。

ニューヨークの地下鉄(懐かしい「STAND CLEAR THE CLOSING DOOR,PLEASE」のアナウンスが聞けました)に乗ることを媒介にして、時空が飛ぶというアイディアがなかなか面白く、パロディ部分とある種の切なさがあるのがいい。
ニューヨークの空気が感じられる公演でした。

この規模のグループのものが日本で見られるのは珍しいこと。とてもいい企画だったと思います。

……と書いて、やはり思い出すのは、ANTHONY RAPPの一人ミュージカル「without you」のこと。ANTHONYご本人が望んでいるとおり、日本でwithout youが見たいなあ。韓国で2回も上演しているのだから、日本での上演も切望しています。

公演は終了。5月2日、3日にGirls Departmentのライブへのゲスト出演があり。

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2013/04/22

あやめ十八番『淡仙女』 観劇しました

「面白い話を集めてるんですよ」

と、まるで泉鏡花の『夜叉ケ池』のお百合さんのように(*)言っていたのは、自ら主宰する演劇ユニットあやめ十八番の新作を作ろうとしている時期の堀越涼さんだった。

「面白い話」というのはフィクションでなく実際の話、おそらくは堀越さんの琴線に触れる話ということで。つまりは、リアル。それは、その後に見た『淡仙女』公演のためのワークショップ・オーディションで伺った話とも重なってくるように思う。
リアル、といってもそれはナマの感情をそのまま舞台に上げるということではもちろんない。ノンフィクション演劇というものはないのだ。現実を出発点として、そこに大きな物語性と堀越さんの独自の感性が入り混じることで、私たちはある高みへと上っていく。そこにある、スーパーリアル(リアルを超えたリアル)が、多分堀越さんの目指すものなのかなと、勝手に推測する。

……今「ノンフィクション演劇」という言葉を検索したら、野田地図の『Right eye』上演のときの野田秀樹さんの言葉が出てきて、ちょっとなるほどと思ったのだけれど、あるいは『Right eye』の作品と、あり方がちょっと通じるものがあるのかしら?(見てるときは『Right eye』思い出さなかったけど…)


ということで、前置きが長くなりましたが、あやめ十八番『淡仙女』を観劇。
堀越涼さんの作・演出の公演としては
ナイルの死神公演中に行ったリーディング公演『鯛』
Borobon企画の水下きよしさん演出の公演との二本立て公演「~涼水~」(あやめ十八番名義)『LOVE POTION #9』
を拝見している。
あやめ十八番の単独公演としては、今回が初めてとのこと。

今回は花組芝居のアトリエ「セーヌ・フルリ」での公演。アトリエ公演というものは通常の劇場でないので、簡易な舞台セットを組まれることが多いが、中に入って作り込んだ舞台空間にまずびっくりする。舞台奥に赤い鳥居があり、真ん中に円形の真っ赤なステージ、いわゆる「出べそ」という形で鳥居から円形ステージがつながっている。そして会場周囲には神域を示す神垂(しめ縄に下がっている白い紙)で囲まれていて、私たちが結界の中に入っていることを感じさせるのだ。

演劇の起原は神にささげる祭事。そして、神のよりしろは巫女。
そう、この「物語」は、とある東京近郊の神宮近くにあるお団子屋さんの家の兄妹が12年に一度の神幸祭で美しく踊る仙女(巫女)を見たことから、妹が「自分も大きくなったら仙女になる」と決めて…というのがメインストーリーだ。

登場口から出演者たちが一列になって入ってくる、能のスタイルも連想させるオープニング。そこで、堀越さんから、ご自分の実家の団子屋さんの話が語られ、物語は始まる。
といっても、物語はストレートに語られるのではなく、この物語をある集団が演劇として演じている劇中劇、の設定が取られる。さらには、劇中劇の演出家として登場する人物が運命を司る神(の代理人)でもあるという「神のよりしろとしての演劇」の三重構造になった舞台だ。

能の序破急の形式をならっているのかもしれないが、「序」にあたる前半はこの三つの世界の交錯がややわかりにくく、物語世界にすんなり入っていけないところもあった。それは、前半部分では、団子屋の息子、隆弘の視点と演出家の視点と、両方の視点があることで話が分断しているように感じられたためでもあろう。

が、後半になって、概ね、神の視点である演出家、そしてメインストーリーに話が絞られてくると、一気に物語世界が色鮮やかに立ち上がってくる。(ちなみにイメージカラーは赤だ、わたし的には)

「僕がうまく演出をつけてあげるから」と何度も言う演出家は、抗えぬ運命(=神)の象徴。限りなく強く大きな存在の前でも、一生懸命に生きている人たちの確かな心情が胸に響いてくる。
それは、娘を思う義母と父親の思いのあたたかさと、自分らしくいるためには「仙女」にならざるを得なかった娘、そして、義理の妹への複雑で微妙な心理を抱く兄……。義母は男性が演じてるし、妹が「仙女」になったというのは比喩で、本当はストリッパーになったわけだけれど、兄は「妹が神様のお嫁さんになった」と思うわけだし、もちろん舞台だし、リアルなことはないのに、そこにはリアルな思いがあった。確かに。

ただ、惜しむらくは、そこにたどり着くまでがちょっと長かった気も。出演者それぞれにちゃんとしどころがあって、それは作・演出の堀越さんの愛情を感じるし、丁寧に描きたいのもわかるけれど、見る側としてはもっと話を絞り込んで見せてくれたら、より感動と共有が深まるのに……と思う。あと、演出家の存在。とても大事な役どころなのはわかるけれど、前半部分でもう少し、観客にわざと感じさせている違和感の部分をうまく整理して見せていただけたら、よりよかったかと(すみません、観客は欲張りなので)。


もう一つ書いておきたいのは、兄妹が12年前に見に行ったという神幸祭の場面のこと。夜の草木のじめっとした匂いまで漂ってきそうで、情景が眼前にまざまざと広がるようだった。こういうのを追体験とか、共有というのかなと思う。

そして、生音生演奏。演奏と歌は丸川敬之さん(と口笛の堀越さん)。昭和歌謡の数々が作品の雰囲気を盛り上げる。ミュージカル的な音の入り方でなくて、義太夫的な使い方(=心情を深める歌)というのも、作品にマッチ。
このあたりのセンスがまた、「あやめ十八番」の特色ともいえるだろう。


役者さんとしては、皆さん適材適所で、場を得て演じてらしたと思う。娘・鈴を演じた長井短さんは不思議な存在感で、なんだか空中に浮いてる羽衣のような人。兄・隆弘の笹木皓太さんは、前回LOVE POTION#9でも堀越涼さん演じる役の過去の姿を演じていたけれど、堀越さんの作品が持つ微妙な揺れと独自のダンディズム(……なんていうか…、思いをまっすぐに口に出せないけど、すごく思いがある、的な?)を表現するのが抜群にうまい方だなと思う。父・潤の水下きよしさんは、若手の出演陣の中でまさに太い幹を打ち立てていた。堀越涼さん演じる母・夏枝は、堀越さんのお母様ってお会いしたことないけど、こんな人なのではないかと(笑)勝手に思わせるような、愛情深い母親だった。

演出家役は美斉津恵友さん。現実の人間である演出家から、神の「よりしろ」へと自然に移行していく様が見事で、際立った存在感。あと、娘を「江戸時代の人たちが囲んでいるように見える」という場面で発した美斉津さんの声、お一人だけ本当に江戸時代? みたいな異空間ぶりだった。


最後に。「もっと絞り込んで…」ということを書いたのだが、ある種の「饒舌さ」は、それは汲めども尽きぬ思いが溢れ出てくるということでもあって。今、お持ちのほとばしる思いはそのままに、回数を重ねてうまく届ける技術を得られたら、それがきっと「あやめ十八番」の独自な世界を作ることかな、とも思う。(なんか、偉そうな表現で恐縮ですが)
ともあれ、今後も「面白い話」を集め続けてもらいたい。

(4月21日観劇、公演は終了)

(* 『夜叉ケ池』の冒頭に、山奥の村の娘の百合さんが旅の僧、学円に出したお茶のお代金の代わりとしてお話を聞かせてもらう、というシーンがある。ちなみに花組芝居版では百合を堀越さん、百合の夫の晃を水下さんが演じた)

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2013/04/15

世田谷シルク『ブラック・サバンナ』

映画『ショコラ』にもちらっと出てきた話だけど、キリスト教的には「動物には魂はない」と考えられているとのことだ。世田谷シルク『ブラック・サバンナ』を見て、ふとそんなことを思い出した。

動物の命をいただいて、生きている私たち人間。日々の暮らしの中にある(普段は目をつぶって見ないようにしている)痛みを、地球規模にまでしなやかに広げて見せているのが世田谷シルク『ブラック・サバンナ』。
ダンスやムーブメントを交えながら、断片的に見えている話が徐々にはっきりとした輪郭を見せ始める。荒唐無稽なSF的な設定を交えながら(隕石落下で人類は滅亡し、限られた人たちがブラック・サバンナまで飛ばされていくという)、内容は不条理なものではなく非常にリアルで身近な感覚を呼び起こされるもので。私個人としては人類滅亡に関する壮大な視点のものよりも、たとえば動物愛護センターに勤める人の言葉であったり、自分が普段、多分心に感じていながらも蓋をして見ていない感情を呼び起こさせてくれる言葉の数々が胸に染みたかな。

世田谷シルクを拝見するのは久しぶりですが、作・演出・出演の堀川炎さんの透明でまっすぐな視線や感覚には惹かれるものを感じます。

ところどころに入る堀川さん振付(インスタレーション)の、独特の動きと空間をダイナミックに使った表現がとても魅力的。

(公演は昨日で終了)

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