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2013/02/12

天才の栄光と葛藤をシンプル・スペクタクルに描くミュージカル~ロックオペラ モーツァルト

フランスやヨーロッパ圏で大ヒットしたというミュージカル『ロックオペラ モーツァルト』(原題MOZART L'OPERA ROCK)、10日のプレビュー公演を観劇。山本耕史さんと中川晃教さんが出演し、モーツァルトとサリエリを日替わりダブルキャストで演じるという趣向で、私が見たのは中川さんのモーツァルト、山本さんサリエリのルージュバージョン。
なお、私は「ミュージカル」誌において、演出のフィリップ・マッキンリーさんに取材させていただいた。そのとき伺った話も交えつつ、観劇の感想を。

フランス版の舞台はDVDで見ている。フランスミュージカルは「ミュージカル・スペクタクル」と呼ばれていて、現在イギリスアメリカで上演されているものとは違う形態&発展を遂げているもの。非常にざっくりまとめてしまうと、ダンサーと歌手が分かれていて、激しくアクロバチックな動きと華麗な歌唱でスペクタクルに見せるのが特徴。人物像を深く描く……というよりは、各場面場面で華やかさや音楽的な魅力を追求することに重点を置かれているのかなと思う。フランス版「ロミオ&ジュリエット」でジェラール・プレスギュルヴィックさんが作詞・作曲を担当しているのと同様、「ロックオペラ モーツァルト」もDOVE ATTIAさんが脚本・作詞・作曲を担当している。

以前、小池修一郎さんに宝塚版の「ロミオとジュリエット」について取材したときに「プレスギュルヴィックさんは、筋運びの整合性よりも自分の音楽的な世界を展開することを第一義に考えて作ってらっしゃる。宝塚の場合はむしろ筋を運ぶ部分で役者に感情移入できるかどうかというのが勝負」として、フランスミュージカルを日本で上演するにあたっての苦労について語っていた。
今回の「ロックオペラ モーツァルト」を日本で初演するにあたって、マッキンリーさんも同様の点でいろいろと苦心されたのでは……と推測する。(と同時に、「伝統的な意味でのミュージカルにしたくない」という気持ちも持たれた、とのこと)

そこで、今回の日本版で大きく変更が加えられたのは、サリエリについて。具体的に言うとフランス版ではサリエリの出番は1幕はなく2幕からの出番なのだが、日本版は1幕冒頭からサリエリが登場し、モーツァルトとサリエリの関係を語り始める。その後も何度か狂言回し的に登場して、二人の運命的な関係を明確に表現する。一人の天才、モーツァルトと天才ではなかったサリエリ。この二人の対比を打ち出すことによって、フランス版オリジナルよりも作品としてのドラマ性は非常に強まった。

ミュージカル誌で取材したときには「アメリカのミュージカルはキャラクターが歌で物語を進めていくが、この作品の歌はキャラクターが演じている感情をより拡大していくもの。この作品では音楽を通して物語を伝えていきたい」と語っていたが、なるほど、舞台を見るとそのとおりの仕上がりになっていた。
もちろん、それは「音楽を通して物語を伝えていける」だけの出演者が揃っていなければできないこと。

モーツァルトの中川晃教さん。なぜこの人はこんなにも天才が似合うのだろう!?
中川さんが歌い出すと(特に2幕最初の歌など)舞台上の光をすべて集めて、身内から光輝いているような錯覚さえ覚えるほど。高音ののびやかさ、どこまでも続く歌声そのものが、天才モーツァルトの人間像を明確に表しているのだ。彼の持つ陽性なパワー、晩年の苦悩する姿、チャーミングさや女にだらしないところ(笑)など様々な面を含めて、「今、生きているモーツァルト」の姿がそこにはあった。

サリエリの山本耕史さん。サリエリの心にある、才能を天から与えられなかった事に対する悩み、モーツァルトの才能への嫉妬と憧憬。複雑な思いをそのまま歌声に乗せて表現する。プレビュー時は高音部が若干不安定ではあったが、「音楽を通して物語を伝える」力の強さは確かなものだ。確かといえばもちろんその演技で、中でも印象に残るのは初めてモーツァルトの音楽を耳にしたときの表情。無言の中にサリエリの表情の変化で彼に渦巻く思いのすべてが伝わってきた。

コンスタンツェの秋元才加さん。舞台映えがする華やかな容姿、そしてしっかりと歌声も聞かせた。(アイドルの歌でなく、ミュージカル歌唱にきちんと取り組んでらした)ラスト近くの、死に瀕したモーツァルトに必死にすがる切なさも印象的。これからもミュージカルの舞台で活躍していける方と思う。

華やかで美しいアロイジアのAKANE LIVさん、ロックな歌声の高橋ジョージさん。また、しっかりした芝居で見せるコング桑田さん(でも、コングさんの歌が聞きたかった…)やキムラ緑子さんなど演技面でも盤石。

歌声が舞台に生きている。これが日本版「ロックオペラ モーツァルト」の一番の魅力であり、私が心を揺さぶられたところだ。

さて、ここで演出面の話をすると、今回の舞台を観劇していて感じるのは、マッキンリーさんが言っていたとおり「シンプル・スペクタクル」な舞台になっていたということだ。
松井るみさんの美術が舞台中央に一段高いスペース(といっても、ゴールドで非常に豪奢なもの)を置き、それが盆で回る…という仕掛けはまあ、シンプルだが、それが非常に効果的。

特にスペースの高低差を生かした演出が光る。たとえば、コロレド大司教を上段に、モーツァルトを下の舞台に置くことでコロレドの絶対的な権力を表す。また、モーツァルトの音楽をサリエリが初めて聞く場面でも(サリエリはわざわざ自分から下に降りていったりして)、上段にいるモーツァルト、下段にいるサリエリという構図から「モーツァルトの音楽の絶対的な優位性に打ちのめされるサリエリ」の姿が非常に印象的に刻みこまれる。

そして、非常にダイナミックな人の動き。決して暗転することはなく切れ目なく舞台は続き、そこに様々なムーブメントが表情豊かに加わる。(特にラストの死するモーツァルトを、亡くなった方たちを意味する白い衣裳の人たちが迎える動きが本当に滑らかで美しくて、まさに天から迎えられているように見えて秀逸)

この流れるような人の動きは従来のブロードウェイミュージカルでは見られないもので、しかもちょっと荻田浩一さん演出の動きっぽい……?(私見)と思って、それは何かと考えてみると、マッキンリーさんも荻田さんもレビューの文法が身についているということかと思ったのだが、どうだろうか。マッキンリーさんは「実は、演出家になる前はラスベガスのレビューで羽根を背負って踊ってたんです(笑)」とのこと。レビューの文法を取り入れることで、日本版「ロックオペラ モーツァルト」は、(マッキンリーさん言うところの)伝統的なミュージカルではない、新たなものたりえたのではないかと思う。

ともあれ、圧倒的な歌の力に酔いしれた舞台。見終わった後には心地良い興奮が残った。
******
この後、山本さんのモーツァルト、中川さんのサリエリのインディゴバージョンも千秋楽に観劇しますが、そちらもどうなっているのか非常に楽しみ。
そして、どうしてももう一度、中川モーツァルト・山本サリエリの組み合わせが見たくなって、急きょチケットゲット。土曜日にまた見てきます!

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