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2013/02/24

あやめ十八番『淡仙女』ワークショップ・オーディションを見学しました

花組芝居の堀越涼さんが主宰する演劇ユニットあやめ十八番。次回公演『淡仙女』にむけてのワークショップ(WS)・オーディションの見学に行ってまいりました。2月23日、24日各2回開催されたうちの23日最初の回です。

稽古場取材にはときどき伺うのですが、大体は、長い稽古の中の限られた1時間くらいを見せていただくもの。なので、シーンを一通り作る(台本を手に取ってから演じるところまで)過程を拝見できるのは私にとっても結構珍しいことで、興味深く拝見しました。

内容は(回によって違うようですが)参加者が男女ペアになって、前回公演『Love Potion #9』からの1シーンと次回公演『淡仙女』の1シーンを演じるというもの(ちなみに、前回公演の感想はコチラ)。両方とも丸川敬之さんのギター演奏&歌がからんでくるシーンで、実際にその場で丸川さんが演技に合わせて演奏してました。

以下、レポートでなくて感想ということでざっくり印象に残ったことを書きますが(近くの見学席の方ががっつりメモしてらしたので、きっとどこかに報告が上がるんでないかと……(笑))、この回は堀越さんが所用で20分ほど遅れてらして、初め丸川さんが説明などをされてたんですが、堀越さんがいらしたら稽古場の空気が明らかに変わったのにちょっと驚きました。WS中で若干停滞した雰囲気になったときに大きい声を出されたり、全員に説明されているときの声の届く範囲と少人数に説明されてるときの声の届く範囲が違ったり。そのあたりの空間把握力(?っていうの?)が優れてらっしゃるのかなと思います。

で、堀越さんが到着早々に、あやめ十八番が目指すもの、というのを言ってらして、それは、リアルな演技の中にノイジーなものを入れていきたいと。現代口語演劇のような現実感のあるものとは違うリアル。WS中の堀越さんの言葉を借りれば「『そんなことをやっちゃうの!?』って思うところの中にあるリアル」。演劇的な飛躍がありながらも、リアルに心情に迫っていく……ということでしょうか。
それで、丸川さんの歌と曲のタイミングに合わせて芝居をしながら(演劇的な様式性、とでもいうのか)リアルな心情を作っていく…というWSをしていました。

演劇的な飛躍がありながらも心情はリアル……というと思い出すのは、やはり花組芝居で。花組は女形という一番の演劇的な飛躍があるわけで、堀越さんがこうおっしゃるのもなんとなく合点がいきます。演出するときのスタイルもちょっと加納さんを思わせる部分もありましたね。ご自分で実際に演じてみせるところとか。

そしてもう一つ、目指すものとして言ってらしたのが、テキストを大事にするということ。
各ペアが順番に演技し、そこに演出をつけていくという形でWSが進んでいきましたが、印象に残ったのは「ミニマムに(演じて)」という言葉。芝居してるとありがちな誇張をしないで……ということで、それでふと思い出したのが以前、シアターコクーン『キレイ』再演の稽古場に取材に行ったときのこと。松尾スズキさんが「台詞に意味を持たせないで」「もっとフラットに」と何度も言って演出してらしたことを思い出しました(『キレイ』は初めて松尾作品に出る方も多かったから、大人計画で演出するときとは違う内容のダメ出しをされてたと思います)。ま、松尾さんとは作ってる作品が大分違いますけどね。

WS中では、きちんとリアクションをする(=嘘のない芝居をする)ということを重視して演出されてたようです。WS参加者の方はいつもやってらっしゃる芝居と違うのか、ぎこちない感じもあったけど、演出を受けて少しずつ変わっていけてた……かな。当たり前だけど、芝居することも演出する・されることもコミュニケーションだなぁ、と。生演奏での歌と芝居がバシっと合わさると高揚する瞬間があるものだなー、と思ったりしながら、拝見してました。

ちなみに見学席には加納幸和さんも。見学席で無言なのに非常に存在感を放ってらして……(笑)、加納さんのWS参加者の演技を見つめる目が、だんだん演出してらっしゃるときの表情になってるのを、隣で盗み見していた私でございました(笑)。

『泡仙女』公演は4月17日~21日、二子玉川セーヌフルリにて。詳細はコチラ

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2013/02/12

天才の栄光と葛藤をシンプル・スペクタクルに描くミュージカル~ロックオペラ モーツァルト

フランスやヨーロッパ圏で大ヒットしたというミュージカル『ロックオペラ モーツァルト』(原題MOZART L'OPERA ROCK)、10日のプレビュー公演を観劇。山本耕史さんと中川晃教さんが出演し、モーツァルトとサリエリを日替わりダブルキャストで演じるという趣向で、私が見たのは中川さんのモーツァルト、山本さんサリエリのルージュバージョン。
なお、私は「ミュージカル」誌において、演出のフィリップ・マッキンリーさんに取材させていただいた。そのとき伺った話も交えつつ、観劇の感想を。

フランス版の舞台はDVDで見ている。フランスミュージカルは「ミュージカル・スペクタクル」と呼ばれていて、現在イギリスアメリカで上演されているものとは違う形態&発展を遂げているもの。非常にざっくりまとめてしまうと、ダンサーと歌手が分かれていて、激しくアクロバチックな動きと華麗な歌唱でスペクタクルに見せるのが特徴。人物像を深く描く……というよりは、各場面場面で華やかさや音楽的な魅力を追求することに重点を置かれているのかなと思う。フランス版「ロミオ&ジュリエット」でジェラール・プレスギュルヴィックさんが作詞・作曲を担当しているのと同様、「ロックオペラ モーツァルト」もDOVE ATTIAさんが脚本・作詞・作曲を担当している。

以前、小池修一郎さんに宝塚版の「ロミオとジュリエット」について取材したときに「プレスギュルヴィックさんは、筋運びの整合性よりも自分の音楽的な世界を展開することを第一義に考えて作ってらっしゃる。宝塚の場合はむしろ筋を運ぶ部分で役者に感情移入できるかどうかというのが勝負」として、フランスミュージカルを日本で上演するにあたっての苦労について語っていた。
今回の「ロックオペラ モーツァルト」を日本で初演するにあたって、マッキンリーさんも同様の点でいろいろと苦心されたのでは……と推測する。(と同時に、「伝統的な意味でのミュージカルにしたくない」という気持ちも持たれた、とのこと)

そこで、今回の日本版で大きく変更が加えられたのは、サリエリについて。具体的に言うとフランス版ではサリエリの出番は1幕はなく2幕からの出番なのだが、日本版は1幕冒頭からサリエリが登場し、モーツァルトとサリエリの関係を語り始める。その後も何度か狂言回し的に登場して、二人の運命的な関係を明確に表現する。一人の天才、モーツァルトと天才ではなかったサリエリ。この二人の対比を打ち出すことによって、フランス版オリジナルよりも作品としてのドラマ性は非常に強まった。

ミュージカル誌で取材したときには「アメリカのミュージカルはキャラクターが歌で物語を進めていくが、この作品の歌はキャラクターが演じている感情をより拡大していくもの。この作品では音楽を通して物語を伝えていきたい」と語っていたが、なるほど、舞台を見るとそのとおりの仕上がりになっていた。
もちろん、それは「音楽を通して物語を伝えていける」だけの出演者が揃っていなければできないこと。

モーツァルトの中川晃教さん。なぜこの人はこんなにも天才が似合うのだろう!?
中川さんが歌い出すと(特に2幕最初の歌など)舞台上の光をすべて集めて、身内から光輝いているような錯覚さえ覚えるほど。高音ののびやかさ、どこまでも続く歌声そのものが、天才モーツァルトの人間像を明確に表しているのだ。彼の持つ陽性なパワー、晩年の苦悩する姿、チャーミングさや女にだらしないところ(笑)など様々な面を含めて、「今、生きているモーツァルト」の姿がそこにはあった。

サリエリの山本耕史さん。サリエリの心にある、才能を天から与えられなかった事に対する悩み、モーツァルトの才能への嫉妬と憧憬。複雑な思いをそのまま歌声に乗せて表現する。プレビュー時は高音部が若干不安定ではあったが、「音楽を通して物語を伝える」力の強さは確かなものだ。確かといえばもちろんその演技で、中でも印象に残るのは初めてモーツァルトの音楽を耳にしたときの表情。無言の中にサリエリの表情の変化で彼に渦巻く思いのすべてが伝わってきた。

コンスタンツェの秋元才加さん。舞台映えがする華やかな容姿、そしてしっかりと歌声も聞かせた。(アイドルの歌でなく、ミュージカル歌唱にきちんと取り組んでらした)ラスト近くの、死に瀕したモーツァルトに必死にすがる切なさも印象的。これからもミュージカルの舞台で活躍していける方と思う。

華やかで美しいアロイジアのAKANE LIVさん、ロックな歌声の高橋ジョージさん。また、しっかりした芝居で見せるコング桑田さん(でも、コングさんの歌が聞きたかった…)やキムラ緑子さんなど演技面でも盤石。

歌声が舞台に生きている。これが日本版「ロックオペラ モーツァルト」の一番の魅力であり、私が心を揺さぶられたところだ。

さて、ここで演出面の話をすると、今回の舞台を観劇していて感じるのは、マッキンリーさんが言っていたとおり「シンプル・スペクタクル」な舞台になっていたということだ。
松井るみさんの美術が舞台中央に一段高いスペース(といっても、ゴールドで非常に豪奢なもの)を置き、それが盆で回る…という仕掛けはまあ、シンプルだが、それが非常に効果的。

特にスペースの高低差を生かした演出が光る。たとえば、コロレド大司教を上段に、モーツァルトを下の舞台に置くことでコロレドの絶対的な権力を表す。また、モーツァルトの音楽をサリエリが初めて聞く場面でも(サリエリはわざわざ自分から下に降りていったりして)、上段にいるモーツァルト、下段にいるサリエリという構図から「モーツァルトの音楽の絶対的な優位性に打ちのめされるサリエリ」の姿が非常に印象的に刻みこまれる。

そして、非常にダイナミックな人の動き。決して暗転することはなく切れ目なく舞台は続き、そこに様々なムーブメントが表情豊かに加わる。(特にラストの死するモーツァルトを、亡くなった方たちを意味する白い衣裳の人たちが迎える動きが本当に滑らかで美しくて、まさに天から迎えられているように見えて秀逸)

この流れるような人の動きは従来のブロードウェイミュージカルでは見られないもので、しかもちょっと荻田浩一さん演出の動きっぽい……?(私見)と思って、それは何かと考えてみると、マッキンリーさんも荻田さんもレビューの文法が身についているということかと思ったのだが、どうだろうか。マッキンリーさんは「実は、演出家になる前はラスベガスのレビューで羽根を背負って踊ってたんです(笑)」とのこと。レビューの文法を取り入れることで、日本版「ロックオペラ モーツァルト」は、(マッキンリーさん言うところの)伝統的なミュージカルではない、新たなものたりえたのではないかと思う。

ともあれ、圧倒的な歌の力に酔いしれた舞台。見終わった後には心地良い興奮が残った。
******
この後、山本さんのモーツァルト、中川さんのサリエリのインディゴバージョンも千秋楽に観劇しますが、そちらもどうなっているのか非常に楽しみ。
そして、どうしてももう一度、中川モーツァルト・山本サリエリの組み合わせが見たくなって、急きょチケットゲット。土曜日にまた見てきます!

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2013/02/05

土日はライブに~山梨鐐平さんコンサート&PATA PATA☆MAM Produce Live山本芳樹さん・丸川敬之さん

この土日はライブ2本(+芝居1本)。

土曜日には山梨鐐平さんのコンサートに。
会場の自由学園明日館(みょうにちかん)は、旧帝国ホテル設計のフランク・ロイド・ライトの設計による重要文化財で、とても趣のある会場。
そのクラシックで凛としたたたずまいのハコにぴったりな山梨さん。日本人なのに、なぜか中世の貴族のイメージを漂わせる、独特の存在感のある歌声を聞かせます。
何しろ、1曲目から、マリー・アントワネットがルイ16世に嫁いでいく、ライン川下りの様子を歌った曲ですから。山梨さんはルイ16世マニアでもいらっしゃるとか。本当に独自の、誰にも真似ができない世界が展開しています。

(というか、職業柄結構いろいろな方にお会いしますが……山梨さんのような方には初めて会いました(笑)。なんかもう、存在自体が不思議。すべてを超越しているような、でも押し隠したところに情感があるような……不思議な方でした)

そして、ゲストは真矢みきさんで、3曲デュエットを。非常に異質な二人だけれど(トークもかみ合わない感じ(笑)(…スミマセン)が妙におかしい)、どこか重なり合う部分もあって。それが化学変化を生んで独特な世界が出現していましたね。特にあげれば、「流星の日」の曲が会場の雰囲気にも素敵でした。


日曜日はPATA PATA☆MAM Produce Live vol.11 「EMOTION part.3」
スタジオライフの山本芳樹さんと花組芝居の丸川敬之さんの二人ライブのシリーズEMOTIONの第3弾。
今回はプロデュースに小川智之さんを迎えたということで、音楽面でも非常に完成度の高いものになっていたようです。こちらも異質なお二人の生み出すハーモニーというのでしょうか。

情感豊かで、情景表現力が素晴らしい山本芳樹さん。歌声だけで違う空間を生み出せるような……。「この手に」という歌詞のところでご自分の手をふっと見つめるだけで、ぶわーっと世界が広がりますもんね。すごいですよね。
そして、パワーある歌声の丸川敬之さん。高音部の伸びが以前よりもよくなって、さらに迫力ある歌声になってました。お客様の熱も感じた、楽しいライブでした。

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