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2010/11/07

花組芝居「花たち女たち」初日見てきました

花組芝居の「花たち女たち」。ダブルキャストの公演で4日「夢たち」チーム、5日「恋たち」チームの両初日を見てきました。

初演は劇団新派で2002年。有吉佐和子さんの「芝桜」「木瓜の花」が原作、飯島早苗さんの脚本、加納幸和さん演出でしたが、今回は加納さんが花組芝居向きに脚本にも手を入れて構成・演出を担当。

雛妓(おしゃく)時代から「おみきどっくり」と言われた芸者の正子・蔦代が、恋と心意気で生きる約40年間を描く。ぶつかり合いながらも、離れてはまた近づく二人の不思議な縁が織りなすドラマ。最後は、女性が生きるということについて思いを巡らしたくなる、小気味よくも力強い舞台でした。

大正から昭和30年代の約40年間を2時間45分で上演。大河ドラマさながらですが、花札を模した大胆な舞台装置を回転させたり、交差させたりすることで素早い舞台転換を実現。加納さんいうところの「たっぷり! あっさり!!」(濃密な芝居を、スピーディにどんどん展開させていく)なスタイルで、2時間45分が体感時間的にはあっと言う間に過ぎていく感じです。

フランスに行った正子のパトロン江藤が頭に三色旗色の風船をつけてたり、恋に落ちた正子と山田一人がTUBEの曲で恋の喜びを踊ったり(笑)と、花組芝居らしい飛躍とキッチュな笑いも交えながらも、織りなされる人間関係は非常に緊密で、ぐいぐいと物語に引きずり込んでいくパワーがありました。

新派では波乃久里子さんと水谷八重子さんが演じた正子と蔦代。「夢」チームは植本潤さん・八代進一さん、「恋」チームは堀越涼さん・谷山知宏さんが演じます。
基本的に同演出なのに、こうまで違う印象になるか…ということにも驚かされます。

大ざっぱな分け方をすると、芸の力で見せる「夢」と、関係性で見せる「恋」というところでしょうか。
(もちろん、夢チームにも関係性がしっかり描かれてるのですが)

「夢」チームで印象に残ったのは、蔦代が正子を恋人の歌舞伎役者・仙七と別れさせるために、意外な行動に出る場面。正子が自分でも気がつかなかったであろう蔦代に対する思いや矜持と屈辱…、いろいろな思いが交錯する模様を、台詞がない中でも植本さんが全身で表現していて、圧倒されます。対する蔦代の八代さんの演技とあいまって、まさに「女形バトル」が繰り広げられてました。

一方、「恋」チームで印象に残ったのは、物語ラスト近く、蔦代の丹精している屋上の庭を、二人で眺める場面。様々な葛藤やぶつかり合いを越えて二人に間に流れる、ある種の「友情」(普通の友情ではないけど)がここで見えてくるのです。それは、堀越さん、谷山さんが正子と蔦代の約40年の日々をきちんと積み上げてきたからではないかな、と思うのですが。

初日終演後の乾杯イベントで植本さんをお見かけして「女形免許皆伝って感じですね!」と言ったら「マタマタ…(笑)」とあっさり交わされましたが(笑)、結構本気でそう思ってます。八代さんは、なんというか、上手さが引き立つ感じ。蔦代が持っている現実的な強さ、したたかさの面が、八代さんが演じるとより明確になると思う。やはり、植本潤さんとのバランスは非常に良いですね。

新派のときは久里子さんのたおやかな演技で、正子の嫋嫋しい部分が前面に出ていた気がするのですが、堀越さんが演じると、正子の内面にある負けん気の強さの部分も透けて見えてくるようです。(それは、女優さんでなく、女形ならではの客観性でもあるのでしょうか) 堀越さんらしい個性を入れて演じてる部分もあったのが面白かった。谷山さんは初の女形。蔦代のちょっと得体のしれない感じが谷山さんの個性にもうまくハマっていたかも。愛嬌があるところも、役にピッタリでした。でも、お若い二人なのに、最初の子供時代より後半の、年が行ってからの芝居の方がより良い気がするのは不思議です(笑)。

ちょうど今、NHKの番組「ザ☆スター」坂東玉三郎さんの回のDVDを借りて見ていて、そこで「女形は非現実 魂は現実」という言葉があったのが印象的でした。「女形って何だろう?」ということを考えていたときだったので、「花たち女たち」で現代の女形像を様々見せてもらえたのは、個人的にも得るものが多かった気がします。
玉三郎さんが演じる女形と花組芝居の女形はもちろん違うと思うけど、「魂は現実」という言葉は花組にも当てはまってるかなと思いますね。
正子・蔦代の生き方に、同じ女性としてどこか共感というか、気持ちを寄せられる部分がある(…うーん、まあ、蔦代には寄せられる部分は少ないかもしれないけど(笑))。
花組さんの女形は、玉三郎さんよりももっと複雑で、非現実で虚構な女形の美に、時に現実の男性としての存在を強烈に投影しながら、魂は(役の人物の性根という部分で)現実っていうもの…なんでしょうか……?


加納幸和さんの阿や八は大きさと迫力と人の目を惹きつける力があって、鏡獅子の老女のこってりした味わいも得がたいもの。山下禎啓さんの阿や八は、見てると豊かな気分になれますね。普段は女形をなさらない桂憲一さんと丸川敬之さんの姉芸者も意外にも(スミマセン)おきれいでした。蔦代の母・フジを演じた北沢洋さん、秋葉陽司さんもパンチが効いてます。

そして、正子・蔦代をめぐる男性たちも、それぞれ色濃く演じていて、ドラマ性が深まっています。
印象に残るのが、大きな人物を作り上げた水下きよしさんの江藤。仙七の桂憲一さんは久々のセクシー全開(?)。女の人が放っておかないような雰囲気と優柔不断な弱さの両面を見せ、終幕の歌舞伎座楽屋のシーンで対照的に仙七の成長の大きさを見せていたのが見事でした。正子が恋をする湧井を演じた各務立基さんと小林大介さんもそれぞれに魅力的。特に各務さんの台詞のリアルな響きがとても良いと思う。


まだ見る予定があるので、また改めて書ければ、と思いますが、最後に推察。

舞台装置が花札なのは何故か?

原作小説ではよく花札をやるシーンがある、というのも一つの理由かもしれませんが、それ以外に。
花札を1枚ずつめくって、出てきた札によって勝負の流れが変わる花札。花札の1枚1枚が正子の出会った男たちであり、それをめくることによって、正子の人生がどんどん変わっていく…ということの寓意かなと思ったのですが、どうでしょうか(違うかも)。

東京公演は11月14日まで 新宿スペースゼロ。
大阪公演は11月19~21日 ABCホール。

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