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2010/03/25

スタジオライフ「トーマの心臓」「訪問者」連鎖公演で思ったこと

レビューでなく、個人的に思ったことを書き留めます。
(3月10日、17日、20日に観劇)

萩尾望都先生の漫画が原作で、登場人物が重なる2作品を連続上演。同公演の連鎖公演は10年ぶり。
透明な少年としての時間を綴りながら、丁寧に、繊細に人間の心理を追求していく舞台です。ある意味、自分自身の生き方まで問われたような気もします。

個人的なことを書くと、萩尾先生の「トーマの心臓」と「ポーの一族」が中学~高校時代の自分の感受性の大部分を作ったといっても過言でないのです。

大人になった今、こうして再び「トーマの心臓」の世界に触れ、さらには萩尾先生と出演者の皆さんに仕事として取材する機会に恵まれたことは、自分にとってはとても貴重なことでした。

(長くなったので折りたたみます)

自分が15歳になったとき、「ああー、ユーリやエーリクより年上になってしまった。でも、オスカーと同じ年だからいいわ!」と思った記憶があります(笑)。
そこから遥かに年を経て、さらに、再び人間の生と死について考えざるを得ない季節を迎えてしまい……、「どうして人は一人では生きていけないように神様はお作りになったの?」というトーマの言葉は深く胸に響いてきます。

今、改めて「トーマ」を見ると、ユーリもオスカーもエーリクもそれぞれに親や大事な人を亡くした少年であり、彼らが人と新たな関係を結ぼうとする物語でもあることに気づくのです。

中でも、「訪問者」で(実の父親ではない)グスタフとの別れを経験し、後に「トーマ」で実の父であるミュラーと心の絆を結ぶオスカーの姿には、考えさせられることが多くありました。

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気づいたこととしては、劇中音楽について。
「訪問者」では狩人の元に、罰する神が現れるという挿話も出てくるのですが、劇中音楽として「キリエ・エレイソン」「クリスト・エレイソン」(神よ憐れみたまえ、キリストよ憐れみたまえ)が多く流れます。「罪人」であるグスタフの心の軌跡をたどる作品としては、「エレイソン」がグスタフの心の叫びでもあるのかなと感じました。

また、「トーマの心臓」は「アヴェ・マリア」が多用されています。(「トーマ」でも別の旋律の「キリエ」は流れてましたが…)聖母マリアは、厳格なる神にとりなしをする存在でもあります。アヴェ・マリアがかかることで、作品全体として「一切が許されているのだ」というテーマが浮き彫りになってくるのでしょうね。

選曲にも深く意味があるのだな、ということを、両作品を見て初めて感じ取れました。

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両作品が同時上演されることによって、役の解釈がさらに深まり演技的にも見ごたえのあるものになっていたようです。
印象に残ったところをあげると。

山本芳樹さん。「訪問者」で「トーマ」よりさかのぼること3年前のユーリを演じているためか、「トーマ」では彼の閉じていた心が開かれ(あるいは再び閉じ)という過程が繊細につぶさに伝わってきました。心の襞を丁寧に拾い上げ、突き詰めた演技で、萩尾先生がおっしゃったとおり、まさに「苦悩するユーリ」でしたね。

曽世海司さんのオスカーは今回で卒業だそう。ミュラー校長が倒れた後の場面の台詞が、言外に伝わるものが大きくて、ハッとしました。ユーリ、エーリクとの関係性もきちんと描かれているのがよかった。

エーリクの松本慎也さんは2006年版に続き、2度目。松本さんのエーリクの良いところは、(愛ゆえに?)人を求める気持ちが素直に伝わってくるところかな。「僕の翼じゃだめ?」とまっすぐに言える。そして、サイフリートとユーリの回想シーンに「やめて!」と言って割ってくるところにも、そのまっすぐなパワーが作用しているから、ユーリを救えるんだな…と感じました。

山崎康一さん(崎の字は本当は旧字)のユーリ・シド・シュヴァルツ。「草の匂いがする…」と言ったら、本当に草の匂いがしそうな気持ちになった。ストーリーと関係ない台詞ですけど、情景表現力が優れてる方なんでしょうね。

レドヴィの関戸博一さん。ちょっと猫背の姿にレドヴィが心の内に背負っているものが見え隠れするようです。

「訪問者」はグスタフ(高根研一さん)、ヘラ(吉田隆太さん)、オスカー(荒木健太朗さん)の関係性が印象的です。オスカーの荒木健太朗さんは、グスタフとヘラを一生懸命愛し求める姿がとても切ない。ヘラは「自分の夫を愛しながら、夫以外の子を身ごもった」という女性心理を女優さんが演じるのはなかなか難しいのではないかと思う。ヘラの苦しみやキツイ部分まできちんと見せながら、後半の回想シーンでヘラの深い思いまでを出していて、好演でした。

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このあたりは余談。
販売パンフレットは、劇中に出てくる「ルネッサンスとヒューマニズム」の本を模した形になっていて、中には、舞台と同じくトーマの詩が挟みこんでありました。「横滑りの字で…」という表現そのままの詩。これは劇団員が手で差し込んでるものだそうで。物販まで、丁寧に作り込んでいるのが感じられます。
「パンフを手に取ったとき、詩が滑り落ちると、頭の中で『アヴェ・マリア』が流れるんです」と松本慎也さんがおっしゃってました。役柄が普段に入り込んでらっしゃる感じですね。

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コメント

keiさん
はじめまして。コメントありがとうございます。15歳になったころ私と同じように思った方がいたとは…! なんだか嬉しいですね。
「トーマの心臓」に改めて向き合うことができた今回、山本さんの繊細に自己を見詰めるユーリが観られたこともとてもよかったです。「訪問者」もとても良かったんですが、名古屋公演はなくて残念でしたね。

投稿: おおはら | 2010/04/07 22:30

はじめまして。「トーマ」と「ポー」が中学~高校時代の感受性の大部分を...というところにとても共感しました。私も15歳になったとき、そう思ってました!きっと同世代の方なんですね。
17日に名古屋でスタジオライフ「トーマの心臓」を初めて観た者です。
ユリスモールの役が心に残りこの役者さんについて検索するうちにこちらに辿り着いたわけです。
「苦悩するユーリ」...そうですね、それがしっかり伝わってきた。「訪問者」も観たいけど、名古屋では演らないんですね、残念。

投稿: kei | 2010/04/02 03:07

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