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2010/01/18

新派の新作舞台「麥秋」

三越劇場で劇団新派「麥秋(ばくしゅう)」を観劇。小津安二郎さんの同名映画を、映画監督の山田洋次さんが脚本・演出。
冒頭は灯火管制が敷かれている戦時中の北鎌倉の家。照明を落とすタイミングが絶妙(徐々に消えるんでなく、ふっと消える)。暗闇にわずかな明かりの中、一家の会話が交わされる冒頭が印象的。コロンバンのお菓子やビクトリアのショートケーキ、戦時中では食べられない食べ物も会話に出てくるだけでイメージが広がってくる。

そして、時間は飛び、戦後8年ほどたった同じ家で話が繰り広げられる。舞台はずっと同一のセット。明るくなった照明が戦後の復興を物語っているよう。
戦時中は食べたくても食べられなかったお菓子も普通に食べられるようになった時代。
変わりつつある時代の中でも、家族が家族を思う温かい気持ちが伝わってきて、「変わらないでいてほしいものもある」ということを改めて感じさせられる。

大きな事件はおきず、日常の些細なできごと(末娘の縁談や、隣の家の男性の引越しなど)が描かれている。でも、それが淡々と流されないのは、出演者が丁寧に心情を見せているからだろう。美少年ならぬ美壮年の安井章二さんは太い存在感があって、久しぶりに「一家の家長」という言葉を思い出した。帰らぬ息子を待ち続ける母親の思いを見せる水谷八重子さん、日常の些細な幸せを語る口調に説得力があった、兄嫁の波乃久里子さん。おしゃべりな隣家の奥さんを演じる英太郎さんは、女形が作り上げるものってこんなに幅広いのか、と思わされる。今から約60年前の時代の雰囲気を違和感なく作り上げられるのは、新派の役者さんの力だろう。

明るい話が展開されていても、物語の低音部分には常に、出征・戦死した息子に対する喪失感が響いている。だからこそ、兄に対する思いのために結婚に踏み切れなかった末娘の気持ちの変化がより嬉しく感じられるのかもしれない。

1幕最後、末娘(瀬戸摩純さん)がふとよろけて、隣の家の男性と手が触れる。兄を思いながら二人で星空を眺めているシーンが、とてもロマンチック。今の時代、携帯小説とかでは、一足飛びに関係が進んでいく恋愛が当たり前のようになっているけれど、こうやってもどかしい思いを重ねる恋が逆に新鮮でもあり、ロマンチックに感じられるのだな、と改めて。瀬戸さんの(小娘でないのに)清純な感じというのも、今の女優さんにはなかなか出せない味わい。

抑制の効いた表現の中で、末娘の友人(鴫原桂さん、大野梨栄さん)が一家を訪れるシーンは、お二人が鮮やかに(あでやかに?)演じているのもあって、変わらないものを持ち続ける一家と、戦後の新しい生き方を享受する二人との対照が際立っている。

アイロンをかけるときの電源は天井の電球からつないで取ったり。縁側から上がるときは足を拭きなさい!と子供に怒ったり。縁側の軒下にはいろんなものが詰め込まれていたり、荷物を送るのはチッキだったり(←チッキ、知ってます? 台詞で「チッキ」と出てきたら客席から「チッキ」「チッキ」……と囁きが(笑))。細部まで手を抜かずに「昭和、戦後の日本」を描いているのも好ましい。

ところで、この作品が新派にとって8年ぶりの新作だそうで。ということは、ネオ新派「花たち女たち」以来? 「麥秋」は、今後再演を繰り返されて新派の新しい財産となる作品なのだろう。

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