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2009/03/22

「マルグリット」と「ストーン夫人のローマの春」

1日おいて観劇した2作品『マルグリット』と『ストーン夫人のローマの春』。図らずも「国同士の関係が人間関係にも影響を与える…」という台詞が両方にあって、いろいろ考えさせられる。

『マルグリット』は、第2次大戦下、ナチスドイツ占領下のパリが舞台で、『椿姫』をモチーフにした話。
ナチスの将軍オットー(寺脇康文)が、彼の愛人(恋人?)のマルグリット(春野寿美礼)に向かって言うのは、「ドイツがフランスに対する憧れの思いがあって、ドイツがフランスを手に入れた。そして自分も…」(正確な引用ではありません)という台詞。

オットーの人物造形は、決してステロタイプな極悪非道なナチ将軍ではなく。(また、おそらく極悪非道を描きたいなら、寺脇さんをキャスティングしなかったとも思う)人間的な苦味と歪み、そして愛情を感じさせて、寺脇さんならではの奥深いオットーになっていたと思う。

そして、マルグリットという役はただの悲劇のかわいそうな女性、というのでなく、「占領されたフランス」そのものの象徴という部分も担っていて、春野さんは宝塚退団後1作目として相当な難役に果敢に挑戦していると思う。年下のピアニスト、アルマン(田代万里生)との恋愛感情に突っ走るのではなく、どこか距離感があるような表情なのも、複雑な女性心理ゆえ? でも、アルマンと一緒のときにふと見せる少女のような笑顔も印象的ではある。

単純に「悲恋に感動して泣いて、カタルシスを感じる」というタイプの作品ではないので、観劇後の印象はスッキリはしない感じなのだけれど、ナチス占領下→戦後の市民たちの心情など、観終わった後に後を引いていろいろ考えさせられた。

他に、山崎裕太さんの明るい個性も記憶に残る。

『ストーン夫人のローマの春』は、『欲望という名の電車』などのテネシー・ウィリアムズの小説を初舞台化。演出はロバート・アラン・アッカーマン。
映像的な場面転換だな…と思いながら見ていたけれど、これは『ローマの哀愁』というタイトルでヴィヴィアン・リー主演で映画化されている作品。透明のアクリルにローマの建造物の絵を描いたような、立体的で透ける装置が不思議で面白い。

自分の衰えを感じて引退した女優が、侯爵夫人に紹介された男娼に溺れていく…という作品で、こちらは男娼が「アメリカがイタリアからいろんなものを奪っていった。だから、俺が取り返してやるんだ」というような(これも引用不正確)台詞を言う。

(国→個人の関係は、『マルグリット』はメインテーマに近いけれど、『ストーン夫人~』はモチーフ的な感じの扱いと思うが)

衰えをまざまざと見せながら、男娼に溺れ、そしてボロボロになっていく様子を、惨めでなく美しく描けるのは、麻実さんならではか。

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