« 花組芝居「怪談牡丹燈籠」の稽古場に | トップページ | 中日劇場の「エリザベート」 »

2008/08/17

新派「紙屋治兵衛」

片岡愛之助丈を迎えての花形新派公演。歌舞伎の「心中天網島」を元に北條秀司が昭和36年に書き下ろしたもので、紙屋治兵衛が愛之助丈、治兵衛と心中する遊女小春が瀬戸摩純さん、治兵衛の妻おさんが鴫原桂さんという若手な座組で、三越劇場で1ヶ月公演。鴫原さんに急遽チケットをお願いさせていただき、劇場へ。

……北條秀司さんが書いた名戯曲に対してとても失礼な感想かもしれないけれど、これは元祖「だめんず・うぉ~か~」な話だなあ~と見てる最中ずっと思ってました。だめんずとはダメオトコのことで、ダメオトコばかり好きになってしまう女性のことをだめんず・うぉ~か~というのです(倉田真由美さんの漫画のタイトル)。

…スミマセン。でも、歌舞伎の心中ものは切なく美しいけれど、現代の視点から見れば本当はそれだけじゃないんじゃないの??(本当はだめんず、というかダメダメオトコとのダメダメ恋愛なんでないの?)という疑問が、北條さんにもあったのではないか、と推測されるのです。劇中の丁稚さんが心中ものの本を読んで批判しているように。

愛之助さんが演じる治兵衛は本当にダメオトコで。おさんという本当に良くできた女房がいて、その人のことも確かに愛している。でも、その一方で激しい愛情を注いでくる小春のことも愛している……という、天秤がどちらにでもすぐ傾く様子がとてもリアル。もしかしたら、タイミング次第ではおさんとよりを戻して幸せにこの後生きられたかもしれないという「星のめぐりの悪さ」を見せてくれました。
こんなダメオトコだけれど、やっぱり愛之助さんという役者の肉体を通して見せてもらうと、ある種の愛嬌とか、理屈でない部分で「……もしかして、こういう人に惚れるっていうのもアリなのかも」と説得させられるのですね。

女性の目から見ると、自分の感情を人の迷惑顧みずぶつけてくる小春は、なかなか共感が持ちにくいキャラかもしれません。特に前半。見ながら「これって、女形さんが演じていたら、自分ももっとすんなりこの役を受け止められるかも」とも思ってました(役にもう一つオブラートをかけてもらえれば、受け止めやすいので)。後で確認したら、初演は東宝歌舞伎で、小春は女形さんが演じていたと聞いて、なるほどと思いました。
瀬戸さんの小春は、後半、心中を決意するあたりから、切ない女心を見せてはっとさせられます(自分にひどいことをしどおしだった、亡くなったお母さんに対して、自分の羽織をかける仕草に思いがにじんでました)。

終幕に至って、こんなダメダメな男女二人でも、運命のめぐり合わせで二人で死んでいくという悲しさにどこかじーんとさせられてしまうのです。人間てこんなにも愚かで、だからこそこんなにも哀しいのだな…と。

そして、おさん。治兵衛のことを愛して一生懸命に旦那のために尽くす姿が印象的です。
(でも、考えようによっては、おさんもだめんず・うぉ~か~かもしれません。治兵衛のダメなところも好きなのかも←と、昔風のステロタイプな「耐える女」像だけでないところも、北條さんの戯曲の面白いところ)
最後近くの「私にあなたをひきつける魅力があったら」と泣く姿も、恋する女性の悲しい気持ちがよく伝わってきました。治兵衛とこれからの未来を思い描けるようになったとたんに、それがプツンと断ち切られる。希望を持って風呂屋に向かう表情が明るいものだっただけに、帰ってきたあと、治兵衛が小春と出奔してしまったと知った後のことを思うと、なんだか可哀想でなりません。鴫原さんは、健気に相手に尽くし、そしてただ耐えるのではなく、なんとか未来を探そうとする一生懸命さがある「おさん」でした。

出番は少しですが、女スリ役の英太郎さんがとてもイキ。あだっぽい魅力がある見事なお芝居で、舞台に厚みを加えていました。

|

« 花組芝居「怪談牡丹燈籠」の稽古場に | トップページ | 中日劇場の「エリザベート」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/34077/42192673

この記事へのトラックバック一覧です: 新派「紙屋治兵衛」:

« 花組芝居「怪談牡丹燈籠」の稽古場に | トップページ | 中日劇場の「エリザベート」 »