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2008/03/05

世田谷パブリックシアター「春琴」

飴の紙をペリペリはがす音とか、チラシをガサガサとさせる音とか、そんな音がまったく聞こえない客席って、どれくらいぶりに来ただろう…?
それほどの緊迫感が客席にも漂っていた、「春琴」。平日の昼間というのに立ち見までぎっしりの客席は、恐ろしいくらいの集中力で舞台を見ているようだった。

谷崎潤一郎の「陰影礼讃」「春琴抄」を原作に、演出のサイモン・マクバーニーが構成したという舞台。話の外枠には、「春琴抄」についての朗読を、声優の女性(立石涼子)が京都のNHK第2のスタジオで録音しているという様子が描かれている。

冒頭、舞台が真っ暗になる瞬間があって、最近これほどの闇に触れたことがあっただろうか、とふと思う。
「春琴抄」は読んだことあるが、「陰影礼讃」は未読。舞台そのものも「陰影礼讃」というがごとく、バックの映像を絡ませながら陰影深く描いた舞台だった。最小限の小道具で、畳や棒を使うことで広がりを感じさせるところも印象的。

盲目の琴の師匠、春琴と弟子の佐助の関係は嗜虐的であるけれど(春琴がSで佐助がMというような)、でも、春琴の心の奥には愛情があるのでしょうか。うーん、凡人の私にはよくわからないが……ヒリヒリするようなエロスは感じさせられた。最後の佐助は春琴を閉じ込めて自分のものに囲い込んだ(立場の逆転)…ということなんだろうか。
いろいろ思いを巡らせつつ、でも、二人が並んで、飼っている鳥を放す場面では、嗜虐も被虐も何もない、二人の対等で自由な心の羽ばたきも感じさせられて、心に残る。

声優の女性も、録音の合間の携帯電話での会話の様子からすると、不倫の恋をしているようで。春琴と佐助の心の闇と共に、現代の女性の心の闇も重ねて感じさせられた。

春琴は幼少のときは深津絵里さんが使う人形の姿で(声は深津さん)。途中から、宮本裕子さんが人形となり、最後は深津さんが実体で演じる…という形。深津さんの春琴は凛とした気迫に満ちていた。でも、その一方で内面に覗かせる弱さがあって…とまさに陰影深い芝居。若いころの佐助を演じたチョウソンハさんは、春琴に惹かれる心のままに突き動かされていく若者をリアルに演じた。背中のセクシーさに驚いた。表現力の高い役者さんで、これからも楽しみ。老人の佐助、ヨシ笈田さんの存在感もすごい。声優の女性の立石さんも女性の持つ業のようなものを演じさせ、また、緊迫しまくる客席のちょっとした清涼剤にもなっていた。

最初に客席が静まり返っていた様子を書いたけれど、闇を描く舞台のせいか小さい音の効果がとても重要で、皆が耳を凝らしていたから静まり返っていたのかも。繊細に、細心に描いた舞台は受け止め手の私たちも細心でなければ受け止めきれないのだ…ということも改めて思わされた。

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