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2007/10/24

「Spring Awakening(春のめざめ)」@ニューヨーク

9月ニューヨーク行きの一番の要因となったのはこの作品。「春のめざめ」が見たい!……という思いでニューヨークに突っ走って参りました。思いついたらすぐ見に行ってしまう、「ナマ一番」派です(笑)。

先にこのブログで書きましたが、主役のメルキオール(メルキー)が21日は代役のMatt Doyle、更にモーリッツも代役だったため、25日にも急遽観劇。無事本役のJonathan Groffとトニー賞受賞のJohn Gallagher Jr.で見ることができました。結果的には二通りの配役で見ることが出来、作品の奥深さを知ることもできてラッキーな観劇になったのではないかと思います。

原作はフランク・ヴェデキントの古典的名作。19世紀末の、性的なことを何も教えられていない男の子、女の子たちの不安や衝動を描く…というとまとめすぎでしょうか。

内容が古いのでは…というご意見もあるようですが、それは私に言わせれば「寺子屋で忠義のために自分の子供を殺すなんて古臭い話」というのと同じようなものだと思います(わかりにくいたとえ)。ただ、製作者側としても、同時代性を感じてほしいという意図もあって、舞台上サイドに観客席を作っているのではないかと思います。
(ちなみに、「ステージシートは地味な服を着てきてくれ」という注意書きがあるのですが、真っ赤なドレスでオシャレしてきちゃう人とかいた)
19世紀末っぽい衣装を着た学生役の人たちは、ステージシートの中に座って、そこで歌ったり出番まで待機していたりします。

舞台上にはシンガー役の人たちも出ているのですが、その人たちの衣装は現代の、というか普通に街を歩いてる人たちの格好。2回目に見たときに気づいたのですが、(舞台袖から登場するのではなく)客席を通って舞台上に上がり、ステージサイドシートに座るのですね。21日の主役だったMattがシンガー役だったので、客席を歩いている姿が目に付いて気がついたのですが。おそらく、この客席を通るということで、私達の中から出てきた人が歌ってるんだよ……という意図が演出さんにあるんじゃないでしょうか。

元はオフブロードウェイから始まった舞台らしく、舞台はシンプル。レンガ色の壁に囲まれているのは閉鎖的な日常を表しているのか。ステージサイドシートが上手下手にあり、舞台中央に四角く一段高いステージがあるだけです。
レンガの壁にはいろいろなものが象徴的にかかっていて、大きい蝶々の羽が学生達のもがれた片羽根のようでもあり。たとえば父親との場面のときにはすっと父親の肖像画に照明が当たったりして、いろいろと工夫をこらしてある照明が印象的。(裸電球のようなのが無数に下がってくるところは、単純なんだけど本当にキラキラとしてきれい) 照明でブルーを多用しているのは、日本と同様、青色が青春ということなのかなあ。

19世紀末という古い時代の話だけれども、音楽はロック。この曲がどれもかっこいい。そして、彼らの心の叫びであることを表現するかのように、懐からハンドマイクを取り出して(取り出すところが肝?)歌うのですね。この一見ミスマッチがとても印象的です。

さて、ストーリーとしては恋への憧れや性的なものへの興味を持ちながら、教師は強圧的な支配をする学校生活を送っている学生達(もちろん男女別学)。メルキオールとヴェンドラは偶然出会い、恋に落ちてしまう。性的なことに対しては何も教えられないでいたため、ヴェンドラは妊娠。そして、メルキオールの親友モーリッツは落第をしたことを苦にして自殺してしまい…。

学生達の沸きあがるような衝動の部分を見せるパワーには圧倒されます。振り付けもなかなか個性的な感じで、自分の体の変化への興味が抑えられないに、全身をなでまわすようにする振りがあるのが面白い。
メルキオールは最初に見たMattはナイーブで繊細に演じていて、心のゆれが見えるような感じでした。対して、本役のJohnathanは意外(?)にも力強く骨太な感じでやっていて(この時代にいろいろな制約を破って恋に生きられる男の子だから骨太で当然か)、役者によって全然違うアプローチなのが面白く感じました。

(Johnathan主役のときのシンガーで歌ってるMattを見たら、「ああー、今、気持ちがきっとメルキオールになってるんだろうなー」というのを感じて、ちょっと興味深かった)

モーリッツは今年のトニー賞助演男優賞を受けたのもわかるとおり、かなりの難役。コミカルにおどけて演じている中、実は心の闇も深く、淡い恋心を持ちながら、ついには自殺してしまうという……。その急転直下なドラマチックさは、やはりJohnが素晴らしかったです。

ヴェンドラのLea Micheleも透明感ある佇まいの美少女で、でも芯の強さも見せて素敵でしたね。

1部の最後にメルキオールとヴェンドラが結ばれるシーンがあるのですが、そこは中央ステージを上から吊り下げてゆらゆらしたところで演じていて、その不安定さが青春期の心のゆれや彼らの心のゆれをそのまま表しているようで、とても印象に残ります。

既に見てから1ヶ月くらいたっちゃってるんですが、思い返してみると、若者の衝動のパワフルさと同時にふしぎにゆらめくような気持ちも甦ってきて……。この両極なところがこの作品の魅力なのかなあとも思います。


ところで、オフブロードウェイでなくブロードウェイの公演となると、いろんなお客さんが来てしまうので、これは決して万人受けするタイプの作品ではないのだなあ…というのも感じました。1部の最後の二人が結ばれる場面はかなり直接的な表現をしていて、メルキオールはお尻を見せちゃうのですが、最初に観劇したときにそこで笑いが起こってビックリしました。日本でも、自分が理解できないことにはとりあえず笑っちゃうタイプのお客さんというのも確かに存在するのですが、ニューヨークでもいるのねぇ……と。(ちなみに2回目に見たときは笑いは起きませんでした)
2回目に見たときのステージサイドシートにお年を召したスーツを着た男性が3人並んでいて、一人は一眼鏡で舞台を見てて(映画の中では見かけるけど、一眼鏡で舞台を見る人って初めて見たので、すごく目に付いちゃった…)その人たちは、1幕終わったあと2幕目には帰っちゃってたし…。

おそらく心にヒットする人にはすごくヒットするけど、そうでない人は受け入れにくいタイプの作品なのではないかと思います。少なくとも、私の心は揺さぶられましたし、また見たいなと思ってます。

以下、ちょっと妄想なので、隠します(笑)。

「決闘」を見た後だったからでしょうか。Mattの繊細なメルキオールとドラマチックに激しく心が動くモーリッツを見て、メルキオールを松本慎也さんで、モーリッツを荒木健太朗さんでやったら合いそう…と思い。本役を見たらなかなかに骨太で意思がはっきりしたメルキオールと芯の強いヴェンドラの組み合わせで、メルキオールを荒木さん、ヴェンドラを松本さんで見たいわ…などと思いました(笑)。ミュージカルなので実現は難しいでしょうけど、私が持った役のイメージは、まあ、そんなところで。

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