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2007/10/25

ヴォイス・オブ・ヘドウィグ

ゲイ・レズビアンのための公立高校「ハーヴェイ・ミルク・ハイスクール」へのチャリティのため、「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」のトリビュートアルバムを作ろう、ということで、有名ミュージシャンによる録音の過程とハイスクールの学生達を描いたドキュメンタリー映画です。
東京はライズXにて公開中(11月2日までのよう)。「ショートバス」とどっちかと悩み、とりあえずこっちを見てみました。「ショートバス」劇場公開中に見られるかなあ…。

今回NYに行って舞台を見ていてちょっと気になったのが、「キューティー・ブロンド」も「春のめざめ」もゲイの人の描き方が「笑い」という形だったことで。もちろん「RENT」は当たり前のこととしてシリアスに描いているのですけど。

でも、アメリカでこれほどゲイに対する差別意識が根強くあるとは、この映画を見て初めて知りました。
学校でゲイの子に対するいじめがあって、それを教師に訴えても「ゲイだから悪い」と言われるとは……! ううむ、信じられん。
私個人としてはゲイでもストレートでも、それはミュージカルが好きか歌舞伎が好きか、という程度の違いでしかないよね、と思っているので、これほどひどく、親からさえ理解されず差別意識を持たれてしまうということは相当に衝撃的でした。

4人の学生がドキュメンタリーでは取り上げられているのですが、彼らがカミングアウトした後の親の対応が様々で…。「何があろうと自分の娘であることには変わりない」と親が受け止めてくれる東洋人に対して、宗教的な戒律に反するから、と結局親との関係を断ち切らざるを得なくなる人や、ゲイの高校に入ってさえ、卒業式では親からズボンを履くことを強制され、髪を無理やり切られて卒業後に自殺未遂を起こしてしまう男の子や……。
(いや、もちろん、その親は親なりにその子のことを親身に心配しているが故に、そうしてしまうのでしょうけれど)

胸が痛くなった。ホント。
本当に一人一人が、ヘドウィグなのだなと。最後の卒業式の場面でシンディ・ローパーが歌う「Midnight Radio」と重なるところはもう涙が止まらない。人は皆孤独だけれど、でも、なんとか自分の足で立っていかないといけないし、「ヘドウィグ」のメッセージがこの子たちにも(そして私にも)響くといいなあ、と切に思いました。

ちなみに上に書いた東洋人の子。はじめは顔のアップばっかりで普通の子だなあ(何か顔が小さいから、背が低い子?)と思ったら、全身映ると10頭身くらいの信じられない体型をしてて。モデルにスカウトされて、帰ってから調べたら今もアナスイのショーモデルなどで活躍しているらしいのですが。その子がモデルになった後、「レズビアンとかモデルとか、自分をカテゴリーで見ないで。私を見てほしい」ということをつぶやいていて、その切ない表情が印象的です。

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オノ・ヨーコにまつわる日々

今まで自分の人生でオノ・ヨーコのことを真剣に考えたことってなかったんですけど、急にオノ・ヨーコ・ウェーブが私のところにやってきています(笑)。

下に書いた「WHITE」の劇中に出てきた、オノ・ヨーコ著「グレープフルーツ・ジュース」を手に入れてみました。
そして、昨日、ドキュメンタリー映画「ヴォイス・オブ・ヘドウィグ」を見てきたら、その中でもオノ・ヨーコが…(@_@)。
「ヘドウィグ・アンド・アングリー・インチ」のトリビュートアルバムを作るということで、そこに参加するオノ・ヨーコ。ジョン・キャメロン・ミッチェルにとっても憧れの人だったらしいです。(「Midnight Radio」の歌詞の中にも「ヨーコ」という歌詞が出てきますね)「初めて、人の作った歌を歌うわ」というヨーコですが、意外、といったらなんだけど可愛らしい感じの方でした。でも、シャウトしてるキレ具合はお見事でした。

そして、「グレープフルーツ・ジュース」。
ジョン・レノンが「イマジン」を書くきっかけになった本なのだそうで(私は全然知らなかったんですが)。

「想像しなさい」と、すべてが命令語で書かれている本で、一つ一つの言葉にいろいろな想像をめぐらせているうちに、知らないうちに心の鎖が解き放たれいく感じになります。
感覚としては、モダンアートを見に行った後みたいな感じというのかな。
最後のページまでめくると、心がすっと軽くなったような気がする本です。

ちなみにラストの言葉はなかなかビックリで。それは実際に読んで体験してほしいなと思います。

「WHITE」の劇中で倉田淳さんが引用されていたのは
「空っぽのバッグを持ちなさい。
丘の頂上に行きなさい。……」
というところでした。

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2007/10/24

「Spring Awakening(春のめざめ)」@ニューヨーク

9月ニューヨーク行きの一番の要因となったのはこの作品。「春のめざめ」が見たい!……という思いでニューヨークに突っ走って参りました。思いついたらすぐ見に行ってしまう、「ナマ一番」派です(笑)。

先にこのブログで書きましたが、主役のメルキオール(メルキー)が21日は代役のMatt Doyle、更にモーリッツも代役だったため、25日にも急遽観劇。無事本役のJonathan Groffとトニー賞受賞のJohn Gallagher Jr.で見ることができました。結果的には二通りの配役で見ることが出来、作品の奥深さを知ることもできてラッキーな観劇になったのではないかと思います。

原作はフランク・ヴェデキントの古典的名作。19世紀末の、性的なことを何も教えられていない男の子、女の子たちの不安や衝動を描く…というとまとめすぎでしょうか。

内容が古いのでは…というご意見もあるようですが、それは私に言わせれば「寺子屋で忠義のために自分の子供を殺すなんて古臭い話」というのと同じようなものだと思います(わかりにくいたとえ)。ただ、製作者側としても、同時代性を感じてほしいという意図もあって、舞台上サイドに観客席を作っているのではないかと思います。
(ちなみに、「ステージシートは地味な服を着てきてくれ」という注意書きがあるのですが、真っ赤なドレスでオシャレしてきちゃう人とかいた)
19世紀末っぽい衣装を着た学生役の人たちは、ステージシートの中に座って、そこで歌ったり出番まで待機していたりします。

舞台上にはシンガー役の人たちも出ているのですが、その人たちの衣装は現代の、というか普通に街を歩いてる人たちの格好。2回目に見たときに気づいたのですが、(舞台袖から登場するのではなく)客席を通って舞台上に上がり、ステージサイドシートに座るのですね。21日の主役だったMattがシンガー役だったので、客席を歩いている姿が目に付いて気がついたのですが。おそらく、この客席を通るということで、私達の中から出てきた人が歌ってるんだよ……という意図が演出さんにあるんじゃないでしょうか。

元はオフブロードウェイから始まった舞台らしく、舞台はシンプル。レンガ色の壁に囲まれているのは閉鎖的な日常を表しているのか。ステージサイドシートが上手下手にあり、舞台中央に四角く一段高いステージがあるだけです。
レンガの壁にはいろいろなものが象徴的にかかっていて、大きい蝶々の羽が学生達のもがれた片羽根のようでもあり。たとえば父親との場面のときにはすっと父親の肖像画に照明が当たったりして、いろいろと工夫をこらしてある照明が印象的。(裸電球のようなのが無数に下がってくるところは、単純なんだけど本当にキラキラとしてきれい) 照明でブルーを多用しているのは、日本と同様、青色が青春ということなのかなあ。

19世紀末という古い時代の話だけれども、音楽はロック。この曲がどれもかっこいい。そして、彼らの心の叫びであることを表現するかのように、懐からハンドマイクを取り出して(取り出すところが肝?)歌うのですね。この一見ミスマッチがとても印象的です。

さて、ストーリーとしては恋への憧れや性的なものへの興味を持ちながら、教師は強圧的な支配をする学校生活を送っている学生達(もちろん男女別学)。メルキオールとヴェンドラは偶然出会い、恋に落ちてしまう。性的なことに対しては何も教えられないでいたため、ヴェンドラは妊娠。そして、メルキオールの親友モーリッツは落第をしたことを苦にして自殺してしまい…。

学生達の沸きあがるような衝動の部分を見せるパワーには圧倒されます。振り付けもなかなか個性的な感じで、自分の体の変化への興味が抑えられないに、全身をなでまわすようにする振りがあるのが面白い。
メルキオールは最初に見たMattはナイーブで繊細に演じていて、心のゆれが見えるような感じでした。対して、本役のJohnathanは意外(?)にも力強く骨太な感じでやっていて(この時代にいろいろな制約を破って恋に生きられる男の子だから骨太で当然か)、役者によって全然違うアプローチなのが面白く感じました。

(Johnathan主役のときのシンガーで歌ってるMattを見たら、「ああー、今、気持ちがきっとメルキオールになってるんだろうなー」というのを感じて、ちょっと興味深かった)

モーリッツは今年のトニー賞助演男優賞を受けたのもわかるとおり、かなりの難役。コミカルにおどけて演じている中、実は心の闇も深く、淡い恋心を持ちながら、ついには自殺してしまうという……。その急転直下なドラマチックさは、やはりJohnが素晴らしかったです。

ヴェンドラのLea Micheleも透明感ある佇まいの美少女で、でも芯の強さも見せて素敵でしたね。

1部の最後にメルキオールとヴェンドラが結ばれるシーンがあるのですが、そこは中央ステージを上から吊り下げてゆらゆらしたところで演じていて、その不安定さが青春期の心のゆれや彼らの心のゆれをそのまま表しているようで、とても印象に残ります。

既に見てから1ヶ月くらいたっちゃってるんですが、思い返してみると、若者の衝動のパワフルさと同時にふしぎにゆらめくような気持ちも甦ってきて……。この両極なところがこの作品の魅力なのかなあとも思います。


ところで、オフブロードウェイでなくブロードウェイの公演となると、いろんなお客さんが来てしまうので、これは決して万人受けするタイプの作品ではないのだなあ…というのも感じました。1部の最後の二人が結ばれる場面はかなり直接的な表現をしていて、メルキオールはお尻を見せちゃうのですが、最初に観劇したときにそこで笑いが起こってビックリしました。日本でも、自分が理解できないことにはとりあえず笑っちゃうタイプのお客さんというのも確かに存在するのですが、ニューヨークでもいるのねぇ……と。(ちなみに2回目に見たときは笑いは起きませんでした)
2回目に見たときのステージサイドシートにお年を召したスーツを着た男性が3人並んでいて、一人は一眼鏡で舞台を見てて(映画の中では見かけるけど、一眼鏡で舞台を見る人って初めて見たので、すごく目に付いちゃった…)その人たちは、1幕終わったあと2幕目には帰っちゃってたし…。

おそらく心にヒットする人にはすごくヒットするけど、そうでない人は受け入れにくいタイプの作品なのではないかと思います。少なくとも、私の心は揺さぶられましたし、また見たいなと思ってます。

以下、ちょっと妄想なので、隠します(笑)。

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2007/10/23

倉田淳さんの原点を見た『WHITE』

Studio Life新人公演『WHITE』、新井薬師のウェストエンドスタジオにて見てきました(21日)。ダブルキャストのため、マチソワ2回連続の強行観劇(笑)。…腰に来ます(爆)。

実は私はStudio Lifeを見てる歴は結構長くて、一番最初に見たのが『Yasha ga pond』(夜叉が池)でした。泉鏡花の『夜叉が池』の場所をアジアに移し、心が通じない村人たちの会話が現地語になって聞き取れない…というなかなか面白い設定のものでした。それ以降、アジア物の『スラマッド・バギ・バンドン』『タイガーバーム・フィーバー』(←今確認できる資料が10年前の『トーマの心臓』初演以降の公演タイトルしかなくて、タイトル不正確です)など拝見しています。

『WHITE』の初演年は私が最初に見た『Yasha ga pond』より前らしいです(…パンフレットに書いてある、藤原啓児さんの初演当時の話によると)。「今、ライフが公演している舞台の内容とは違って、若者のパッションで駆け抜けるような舞台」というような前評判だったのですが、今回拝見してみて、非常に現在の倉田淳さんの作風に通じる、ある意味倉田さんの原点がそのまま残ってるような作品だなあ、との思いを強く持ちました。
(現在、スタジオライフで上演してるのは海外脚本作品か原作物の舞台化なので、まったくオリジナルの倉田作品を見られたという意味でも貴重だったかと)

学校が舞台。授業で立たされていた3人組の男の子たちがマドンナを追いかけて図書室に行くと、そこには周りに対して心を閉ざしていた三角くんがいた。しかし、図書棚からたまたま取り出した魔法の書「WHITE」をきっかけに時空が飛んで、「走れメロス」「森は生きている」「星の王子さま」の世界などに紛れ込んでしまう……というところが大まかなお話。
この時空が飛んで別の世界と現実がないまぜになっていくところ(←往年の夢の遊眠社とか劇団3○○ふう)、冒頭で体育教師が不良少女を怒るところのどんどん話が飛躍してまくしたてていくところ(←つかこうへいふう?)などは、まさに「ザ・80年代演劇」だなあ~というノスタルジックな感じの世界です。

ただ、そういう枠組みを超えて訴えかけてくるのは、話の構造が見えてくる後半になってから。時空が飛び、実際の本の世界とは違うように話がねじれていくのは、実はそれはすべて三角君の頭の中の世界だったから。
自分の殻に閉じこもり、なんとかそれを抜け出したいともがき苦しむ内面の揺れは今も倉田さんが舞台で描き続けているものです。そして、その解決の糸口を実際に他の3人組とかマドンナと触れ合うことでなく、物語世界の中で見つけるというのも非常に象徴的なことだなと。
(実は1回目に見たときに、「ラストの三角君はなんで人が変わってるんだろ? これって三角君の脳内で実際の出来事じゃないんでしょ?」と思って混乱しちゃったのですが(笑)、2回目見て、物語世界にワープしてるのは脳内じゃなくて三角君的には実体験なのだなということに気づきました。このあたりも非常に興味深い)


この作品の中にはバオバブという悪の化身のような存在(それは桜子先生という女性の姿を借りているが、男女両方の姿で現れる)と、マドンナという清らかな魂の象徴のような存在が出てきます。見ていくうちにこの二つの存在が、三角君の内面にどちらも持っているものであることを感じるのですが、これってまさしく、『トーマの心臓』で言うところの「自分の心の中の良い種と悪い種」ですよね。
そして、バオバブが「お前は俺の言うことだけを信じて、従っていればいいんだ!」というようなことを言う台詞。(『トーマの心臓』の中の「悪い種」の象徴的存在である)サイフリートがユーリに向かって言うのとまったく同じニュアンスの台詞であることに驚きました。
この『WHITE』という作品はライフが『トーマの心臓』をやるずっと前に書かれてる作品で、おそらくそのころは倉田さんは『トーマ』を読んでいたわけではないと推察します(『トーマ』は初演の前に人に勧められて読んだという話を聞いてますので)。とすると、倉田さんは『トーマ』と出会うべくして出会っていたのだなあ、ということにも気づいて、『トーマの心臓』マニアな私としてはなかなか感慨深いものがありました。

もちろん、若者たちがパッションで突っ走る前半部分も(新人公演という性質上)大事ですけれど、ラストの切なく叙情的に心情に訴えかけるところがライフ的には真骨頂な気がします。それをてらいなく思い切り良く(って適切な表現かどうかわかりませんが)表現しようとするから、「『WHITE』に出て初めてライフの一員になれる」といわれるのかな、などと思いました。

役者さんで印象に残った方を挙げるとすれば、透明感のある佇まいの中に男女両性を行き来できるような不思議な存在感をたたえた三上俊さん。バオバブ役で突然現れて私を驚かせた船戸慎士さん(配役表に載ってなかったのですもの(^^;ゞ。私が見た回と翌日の1回だけ出演されてたらしい)。バオバブ役が持っているべきアンドロギュヌス性とはちょっと違ったところですが、迫力ある舞台姿と力強さは非常にインパクトがありました。用務員&ハクションの荒木健太朗さんは、突然非現実のものが舞台に出現するという、その非現実感を十分に表現して、観客を物語世界に引っ張り込める力技がありました。劇中にオノヨーコの『グレープフルーツ・ジュース』の一節を読むくだりがあるのですが、それを聞いてるときの表情が好きでした。
3人組のリーダー正ちゃん、ダブルキャストの政宗さんと仲原裕之さんはそれぞれ違うキャラでいながら、新人たちを引っ張っていこうとするパワーがあって、劇団の先輩後輩という関係性がうまく芝居に反映してたなあと思います。新人の皆さんたちはまさにこれがスタートラインですが、毎回これだけの観客を前にこの回数演じられるという幸せを大事にして、これからも頑張っていってほしいなと思います。

(※ちょっと余談。今オノヨーコさんの『グレープフルーツ・ジュース』の本のことをネットで調べたのですが、この本のラストに書いてあることって、この芝居の結末部分と被ってるところがあるみたいですね。倉田さん自身この本にインスパイアされてる部分が大分あるのかな? まだ、『グレープフルーツ~』を読んでないのでその内容には触れませんが、この本ちょっと読んでみたくなった。文庫で出てるみたいです←さらに追記。『グレープフルーツ・ジュース』日本版が出たのは1993年らしい。ということは、『WHITE』の初演より後ですかね。『WHITE』の世界に合うから、いつかの再演のタイミングで『グレープフルーツ・ジュース』を取り上げたのかなあ)

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2007/10/12

まとめて…

ニューヨークから帰ってきてから何だか忙しく(おまけに前半は時差ぼけで昼間眠くて辛かったです(汗))、なかなかブログも更新できません。いや、今も色々と仕事が残っているのですが……(笑)。
ブロードウェイで見た「春のめざめ」も「RENT」のこともしっかり書きたいのになぁ~~…。

いろいろ舞台を見てるのですが、覚書として三つほど。

宝塚月組「MAHOROBA」「マジシャンの憂鬱」
「MAHOROBA」は謝珠栄先生らしい作品。(宝塚外部の方の作・演出って珍しいですよね)ヤマトタケルの伝説を諸国巡りをしながら表現。「マジシャンの憂鬱」は個人的には今まで見た中で一番瀬奈じゅんさんに合っている役ではないかと思います。宝塚の男役の虚構性を、マジシャンという存在にダブらせて作った正塚晴彦先生の視点がとても面白い。瀬奈さんと彩乃かなみさんとは良いコンビですね。

「犯さん哉」
パルコ劇場でこういう芝居をするところがとても好き。バカバカしさを徹底的に追求する大人たちの潔さが素敵です。でも、バカバカしさ一辺倒かというとそうでもなくて、その底辺には「崩壊していく世界」というイメージを重ねて見せているのが、ケラさんらしいなとも思います。古田新太さん、お風邪召されませんように(笑)。姜暢雄さんもこの芸達者なメンバーに交じって演じているのはとても良い経験になったんじゃないかなと思います。

「World’s Wing 翼 Premium2007」
今日拝見してきました。日生劇場での今井翼さんのソロ公演です。とにかく踊る踊る踊る! 今井翼さんのダンスは体の芯がぶれないで、しっかりと軸をもったダンスをされるところが魅力的ですね。1ヶ月の公演で、これだけ踊るっていうのは並大抵なことではないと思うのです。(おそらく普通のダンス公演だったら、この公演日数で1日2ステはやらないと思う)それをやり通すための精神力の強さは大変なものだと思います。
初日から一昨日まで、二部冒頭の(スペイン留学して学んだという)フラメンコシーンをやってなかったそうなのですが、昨日から復活。私も拝見できました。大変迫力があって、そこから「アンダルシアに憧れて」への流れはショーの大きな見どころとなっています。

日生劇場のリサイタルというと越路吹雪さんだわ…と思っていたら(私以上の年代の人じゃないときっとわからない(笑))、ラストのMCでその話題に触れ、ラスト曲が「ラストダンスは私に」を日生劇場リサイタルの越路さんの映像をバックに歌うというものでした。一瞬の映像でも越路さんのチャーミングな魅力が伝わってきました。劇場の歴史に刻み込む、ということで、この経験をぜひ大切にしていただけたらいいな……と思います。

「レインマン」「キャバレー」「イーストウィックの魔女たち」はゲネで拝見しました。この3本については雑誌で書かせていただいたので、また発売時期になったらご案内できればと思います。

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2007/10/01

ブログのタイトルを変更しました&ちょっとお知らせ

ブログのタイトルを「観劇とか旅行とか by kaoru」から「There's only here」に変更しました。3年くらいこのブログをやってるのですが、あまりに脱力なタイトルかなと思いまして……(笑)。「There's only here」は「RENT」の中の歌詞から取ってます。No day but today…刹那生滅、という感じでしょうか。過去でもなく未来でもなく、今を大切に生きることを、母が亡くなって以来常に思います。(今回のNYで「RENT」を見てその思いを新たにしました)……なんか真面目すぎますかね(笑)? ま、内容は相変わらずこんな感じですので、お気軽に。

さて、インタビュー記事を担当させていただいた雑誌が出ていますので、久々にお知らせなど。
「Top Stage」では「イーストウィックの魔女たち」涼風真世さん、森公美子さん、マルシアさんの座談会。「蜘蛛女のキス」石井一孝さん、浦井健治さん、朝海ひかるさんの座談会。Studio Life「アドルフに告ぐ」荒木健太朗さん、松本慎也さんの対談。
「レプリークBis」では「ライト・イン・ザ・ピアッツァ」島田歌穂さん、新妻聖子さん、小西遼生さん。「How to Succeed」西川貴教さん。「モーツァルト!」井上芳雄さん。

前に「蜘蛛女のキス」の記者会見のときにちょっと書きましたが、会見終了後に石井さん、浦井さん、朝海さんの座談会の取材をさせていただきました。相変わらずパッショネイトな石井さんと真摯な瞳で語る浦井さん。そして、今年3度目の取材になる朝海さんは宝塚退団後もますます魅力的に花開いていく様子が伺えて、嬉しい取材でした。荻田浩一さんの演出で芝居としても深く構築されたものになりそうで、迷宮の世界に誘い込まれそうな「蜘蛛女」が期待されます。

スタジオライフの荒木さんと松本さん。私が書くのもナンですが、写真が良い感じですよね~。二人が左右のページで横並びで話してる感じの写真は、実際は別々に撮ってるものですが、それぞれの視線の先にはもうお一人がいらっしゃるのです。写真家の宮川舞子さんの発案で、例えば松本さんを撮ってるときは、カメラのフレーム内にいない荒木さんと会話してもらっているので、その自然な表情が出てるのだと思います。印象に残ったのは、前回公演「決闘」の最後の決闘のシーンの前に思ったこと……というので、二人がそれぞれ別々に同じような感覚を抱いていたという話をしてらしたこと。お二人は当たり前のように話してらっしゃいましたが、部外者の私からするとなんだかビックリで、そういうシンクロ具合が舞台を深いものにするのでしょうね。

「How to Succeed」の西川さんは初演についで2度目の取材。いわゆる専業の俳優さんじゃない方が舞台に出るときって片手間のように思われがちですが、西川さんはこの作品のみならずミュージカルすべてについて本当に真剣に考えて取り組んでらっしゃいますよね。その思いの深さに打たれますし、お会いする度にいっぱい刺激を受けてきます。

それぞれの皆さんの思いが伝われば……と思います。書店などで見かけましたらぜひ手に取ってみて下さいね。

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