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2007/02/23

山本耕史さんとスズカツさんによる『ヘドウィグ』を見る

「歴史は塗り替えられなければならない」
というのは、最近取材した方(注・山本さんでも鈴木勝秀さんでもありません)から聞いて印象に残った言葉。

『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』新宿FACEというライブハウスで公演です。
私は三上さんバージョンの初演と再演、そして、韓国でのオ・マンソクさんのヘドウィグを見ていたので、とても楽しみにしてました。韓国版の感想にリンクを張ったので、作品については概ねそちらを見ていただくことにして…。

(ということで、例によって思いきりラストにも触れてますので、未見の方はご注意下さい)
(そして、ヘドウィグの話を知らない人にはわからないような話で申し訳ないm(_)m)

自分の切り離された片割れを苦しいほどに追い求めるヘドウィグ。
今回の舞台の山本ヘドウィグから伝わってくるのは、その悲しさや切なさで……。なんでこんなにも悲しい表情をするのだろう(楽しげな表情を見せるのは、自分を裏切った「片割れ」トミーのためにつくった「WICKED LITTLE TOWN」を歌うときくらい)、と思いながら見てたのですが。

ラストのラストに来て、ガツンと来ました。(今回の)ヘドウィグは最後、トミーのいる(という設定になっている)ドアの向こうを凝視して終わるのですね。
今まで何回か見てきた舞台では、私はトミーがヘドウィグの真の片割れではないと思ってました。最後にヘドウィグはどこかに去っていくラストは、もう一度片割れ探しに出かけているのかと…。
でも、とりあえず、今回で描かれているヘドウィグの片割れは、トミーなのだなと、感じました。
自分を手ひどく裏切り、痛めつけた相手であるトミー。今回の舞台は、ラスト近くに山本さん(というかヘドウィグ役者)がヘドウィグからトミーに早替わりして、「WICKED LITTLE TOWN」を歌うのですが、その前に「どこかで聞いているあの人のためにも歌う(←ヘドウィグの意味)」という台詞を付け加えています。(……今までもあったのだったりして(^^;ゞ。韓国版は言葉が聞き取れなくて分からないしなー)トミーもヘドウィグにある種の思いがあったのだな、と思わせます。

トミーがヘドウィグの片割れであったとしたら……確かにこんなに切なく悲しい話はない。
でも、人間が生きていくということってそういうことなのかも、と思わせるような説得力もあったりして。

今回のヘドウィグはバンドさんからもちょっと冷たい目で見られてる? 感じで、韓国版であった「お気に入りのイケメン・ギター奏者に絡む」なんていう設定は皆無だったのですが、確かにこんな切羽詰った気持ちでいるヘドならバンドさんと楽しく遊んでるようなゆとりの部分はないわな(^^;。

そこで、冒頭に書いた「歴史(解釈)は塗り替えられなければならない」という言葉の連想になったのですが。
それだけのものを受け止められるだけの幅がある作品なのだな、と改めて思いました。

悲しみや切なさが前面に出て、せっかくライブハウスでやってるのにあんまり観客参加型でないのはちょっともったいない気もしますが、まあ、映画のヘドウィグを見ると観客はしらーっとしてますので、そういうのもアリかもしれません(笑)。

個人的には今まで4バージョン見てきた中で一番好きだったのは韓国版ですが(エンターテイメント要素があるもののほうが、個人的には好きなせいかも)、それも人の好き好きだと思います。
とりあえず生きているヘドウィグの切なさを、実体験してみてほしい、そんな作品です。

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2007/02/18

心のオアシス、ネットラジオ「accu broadway」

なんか仕事でバタバタしてて、劇場にも足を運べないしちょっとストレスがたまり気味です。
仕事が忙しいとき、唯一?の私の心のオアシスになっているのが「Accu broadway」というネットラジオ。「Accuradio」という無料のストリーミング放送の中の一つなのですが、これがすごい!
現在公演中のミュージカルの曲、ガーシュウィン特集、年代別のベストミュージカル曲集、さらにはミュージカル曲のジャズバージョンまで、そのときの気分に合わせてストリーミングで聞くことができるのです。
私がよく聞いているのは「現在公演中」の番組。この間ニューヨークで見てきた作品で、CDを買ってきてないものもあるのですが、この番組を聞けばかなりの頻度で聞くことができます!(笑) お得感がありますね。「ああ、これって…?」と思うと、この間見た「スウィーニー・トッド」のブロードウェイバージョンだったり。ここで曲を聞いて見てみたい作品を探すのもいいかも。

ほかに80年代、70年代ブリティッシュロック・オンリーの番組もよく聞いてるかな。
よかったら一度お試しあれ(^_^)。

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2007/02/04

豆まきとお練り

Pict0297
昨日は節分。大國魂神社の節分会の豆まきに行ってきました。豆まき、初体験です。
神社の境内から豆をまく映像とか写真を見た印象しかなかったので、神社の参道から境内に向かってお練りをする、ということにとても驚きました。

←お練りをする力士の後姿


以前、中村勘三郎さんの襲名披露のお練りに伺ったのですが、そのときと同じような形式で行われているのですね。
家に帰ってから調べたのですが、歌舞伎の襲名披露のお練り、というのは意外と歴史が浅く、最初にやったのは昭和37年とのこと。だから歌舞伎のお練りに似てる、というのとは逆で、歌舞伎のお練りが古来のお練りの形式を踏襲したものだ、と考えるべきものなようです。

お練りの由来というのは調べがつかなかったんだけど、神社の方が豆まきをする人たちが退場時に「真ん中を開けて下さい!」と叫んでらしたので(しかし、もみくちゃになってたが)、おそらく神様が通る道であるところをお練りすることによって、豆まきする人に神様のパワーを与える、もしくは、神様のパワーのよりしろにする道程である、ということなのでしょうかね。
(真ん中=神様の通り道、というのは、以前、「犬夜叉」だったか、成功祈願の祈祷が神社で行われた際に、神社の方が「真ん中は神様の通られるところなので開けてください」とおっしゃってたので、そういうものらしいです)

豆まきというのは、年男、年女とか、芸能人、力士など、パワーがある人を神のよりしろにして、人々にそのパワーを豆という形で与えてもらう……という、日本人の昔から大事にしてきたことの表れなのだなあ、と改めて気づきました。
なかなかよい経験ができました。

しかし、豆まきがこんなに痛いものだとは思いませんでした(笑)。豆がビシビシ当たって、終わったあとにはバッグとかコートのポケットの中に豆がいっぱい入ってました(笑)。Pict0294

豆をまく仮面ライダー(笑)→

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