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2006/12/24

大竹伸朗展 全景

まさに「全景」。その膨大な量と作品群が持つ力に圧倒されました。

12月24日まで開催という大竹伸朗さんの1955-2006RETROSPECTIVE。「もう終わってしまう~」と終了ギリギリに、用事と用事の合間の2時間ほどで見に行ってきました。
大竹さんの小学生時代から現在までの作品が年代順に展示されていました。
入ってすぐにあるのが、大量のスクラップブック。1977年頃のロンドンの地下鉄の切符20Pなんてのも貼ってあって、ちょっと懐かしく思ったり。そのうちの一冊なんて200キロ以上(!)あるって書いてありました。1冊200キロのスクラップ……どんなんだ……。並の人ができることじゃありません。目に見えて興味があったもの全てを遺しておきたい、とでもいうようなその貪欲さもアートの源なのかなあ。

立体作品で、その細部の一つ一つに細かい細工(新聞の写真の切抜きが貼ってあったり)してあって、遠くから見るのと近くで見るのとまったく作品の印象が変わってくるんですよね。
どういうアーティストか、なんて決して一言では言えない、ただただ圧倒されるばかりの展示でありました。

個人的にはデヴィッド・シルヴィアンとの交流から知った人なので、ちょっとそのあたりの展示もあるかと期待してましたが全然触れられませんでしたね(^^;ゞ。唯一、1977年頃ロンドンに留学していたころに大竹さんが撮影してた写真が展示してあるコーナーで、JAPANのファーストアルバムのポスターが数枚街角に貼られている様子を撮った写真がありました。あのころのジャパンはイギリスでは全然有名でなかったはずなのに、よくこんな写真を撮ったなあ、と思います。(後でUK77という写真集を売店で眺めたのですが、この写真は載ってなかったですね)
ラッセル・ミルズと交流があった、というのが年表に載っていたので、そのあたりのラインからデヴィッドとも親交を持つようになったのかなあ??

直島という島全体がアート展示になってるところがあるのですが(←ということは、私も最近知りました)そちらで「NAOSHIMA STANDARD 2」という島中を使った展覧会が開催されています。大竹さんが出展しているせいか、デヴィッド・シルヴィアンも参加アーティストの一人になってます。ミュージシャンが展覧会に参加って何よ……?と思ったのですが、どうやらi podを貸してくれてデヴィッドの曲を聞きながら展覧会を見るというものらしいです。
行ってみたいのですが、岡山駅から1時間くらい電車に乗って、そこから更にフェリーで行く(もしくは高松からフェリー)ということなので、ちょっと二の足を踏んでます(行けるとしたら、来年3月の「かぶき座の怪人」の神戸公演のころか…? でもそのとき行くとしたら、ウィーン版「エリザベート」の梅田芸術劇場公演も見てきたいんだよなあ……)。この展覧会は一時休止し、2月から4月半ばまで再び開催されるそうです。

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2006/12/18

Studio Life「銀のキス」

Studio Lifeの「銀のキス」、7日初日と15日でダブルキャスト両チームを拝見してきました。
共に孤独な魂を抱える少女ゾーイと吸血鬼サイモンの話。
話の根底にあるものは「人は一人では生きていけない」というような思いで。以前に「トーマの心臓」のことを書いたときに、トーマが「人はなぜ一人では生きていけないようなものに、神様はおつくりになったの?」とお父さんに聞いた話を引用しましたが、今回の『銀のキス』も突き詰めれば、そういうことなんじゃないかなと思います。倉田淳さんが「人の孤独と、そして生きるということ」ということをテーマとしているからスタジオライフの舞台で繰り返し取り上げているのだろうし、お客さんはそれがあるからライフの舞台に心魅かれてるのじゃないかな、と思います。

「話したい、死について」とはとてもシンプルで奥が深い台詞ですね。

ゾーイの孤独の原因には、死が近づいているガン患者のお母さんの存在というのがあるのですが、このお母さんを演じた林勇輔さんが素晴らしかった。自分の命が限りあることを自覚しているけれども、それでもゾーイと夫を愛し、思いを託していく……。ラスト近くのゾーイとお母さんの場面はとても感動的でした。
人間は吸血鬼のように肉体の永遠性は持たないけれども、思いを託すことによって命は永遠のものになっていくのだなあと。光の中に溶けていく吸血鬼サイモンの思いもゾーイは受け継いでいく。舟見和利さんのゾーイは松本慎也さんよりはちょっと大人っぽい印象だったせいもあるかもしれませんが、ラスト近くサイモンを抱きしめるシーンでなぜか母性的なものも感じました。ちょっと不思議だけど、そういうのももしかしたらあるかも。

休憩挟んで二部ですが、内容的には、現代の話の真ん中にサイモンが吸血鬼になった300年前の話があって、概ね3部構成のような印象です。
サイモンは山本芳樹さんと曽世海児さん、非常に対照的な作りでそれぞれに吸血鬼の孤独を見せてくれたのが興味深かったです。山本さんはダンスを取り入れた動きで吸血鬼の変化を表していたし、曽世さんは長い回想場面で、台詞を的確に操る見事な表現力で聞かせてくれました。

サイモンと兄弟のクリストファーを初の大役で演じた荒木健太朗さんが個性を感じさせる演技で目を引きました。子供の振りをしているときと吸血鬼の本性を表すときの差がすごい。というのはいい意味で役者の狂気がある人なんでないかと。でも、その根底にあるサイモンを求める気持ちの切なさもよく伝わってきました。

サイモンとゾーイは公園で出会うという設定なのですが、舞台にシルバーのポールがいくつかランダムに並んで、それがどこか針葉樹を思わせるセットになって、シンプルだけどいろいろな見せ方ができるものになっていてなかなか良かったです。

終演後に下井顕太郎さんとちょっとご挨拶させていただきました(舞台は拝見してますが、話をするのは初めて)。先日取材で稽古場をお邪魔させていただいて「役者さんがスタッフワークをしてるから、芝居を演じてる役者さんだけでなく、小道具や装置を動かすことまで含めて、全てが芝居になってることに驚いた」というような話をしてたのですが、そこから、「今回初めて小道具担当になって、回想シーンに出てくる絵の額を僕が作ったんですけど、チームごとに絵を張り替えてるんですよ。でも、油絵ふうに加工した絵をそのまま貼り替えると、絵の周縁部が反り返っちゃって額縁にはまってるように見えない。から、その周縁部をおさえる縁を作って、額の内側部分を更にそれで上から押さえるようにしたんです……」という話を伺って、ビックリしました。確かに両チームでキャストが違うから、肖像画の絵も違うものになるわけだけど、そこまでやってるとは。客席からは分からないかもしれないけど(私も見た後に聞いたので、実物は見てない…)、でもその肖像画を目にする人の演技にも影響することもあるだろうし、一つ一つ本当にこだわって作ってるんだなあ……という、その丁寧な芝居つくりの一端を見た気がしました。そういう小道具作りも劇団の先輩から受け継いでいってるわけで、劇団であることの良さというか、これもまた「思いを受け継ぐ」ことなのかもしれません。

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2006/12/16

「エル・アルコン」か(@_@)

宝塚の2007年後半のラインナップが発表されましたが、思わず声を上げて驚いてしまったのが

青池保子さんの漫画「エル・アルコン」の舞台化!

「エル・アルコン」とその姉妹編の「七つの海七つの空」から構成するそうです。星組で安蘭けいさん主演。
青池作品は宝塚に似合いそうな感じがしますが、主役ティリアンのハードでクールな悪役ぶりをどう舞台で再現するのか、楽しみですね。

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2006/12/15

念願の清寿軒「どら焼き」

人にお渡しする物を買う用事があったので、前から気になっていた(岸朝子さんの本に載ってたんですよ)、人形町の「清寿軒」に行ってきました。
朝、10:30頃についたんですが、ビルの中にぽっかりとそこだけ昔ながらの間口の狭いお店が。
(写真撮ってこなかったので、お店のサイトをご参照下さい)

ご夫婦二人で接客されていて、お歳暮で名物のどら焼きを何件も送ろうとしてる方もいらっしゃったので、結局30分くらい待っちゃった。どら焼きがどんどん前の人に買って行かれ「今焼いてるんだけど、すぐ焼けるわけじゃないんでねぇ……」という言葉が聞こえて、「売り切れてたらどうしよう~」と思ったんですが、無事買えました(^^)。

お土産にしたものは「大福帳」をデザインした箱に入れてくれてなかなか素敵な感じ。もちろん自分用にも買って帰って食べました……

うまっ

どら焼きに対する意識が変わっちゃった(^^)。お店で焼いた皮がふんわりとしていて、ちょっと焦げ目がついている微妙な苦味もあって、絶妙。そして程よいあんこがぎっしり。私は小判どら焼きを買ったのですが、女性だったら小判一個で十分ですね。大きいほうを食べるとちょっと量が多すぎかも?

土日祝日は休みで、営業時間が「10時からどら焼きが売り切れるまで(16時ころは焼いているとのこと)」…なので、買うまでのハードルが高そうですが、電話してお取り置きもしてくれるみたいですし、ネット販売もしてるので機会がありましたらぜひお試しを。

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2006/12/13

ホンが面白い芝居はいつ見ても面白い~「三婆」

人形は顔が命(古)、ならぬ芝居はホン(脚本)が命。
「三婆」、古い作品ですが、本当にホンがよく書けてるので、すべての登場人物がイキイキとしてるのですね。
人間が描けてるからこそ、芝居が面白い。堪能させてもらいました。

有吉佐和子さんの原作(未読ですが、読んでみたくなりました)から、小幡欣治さんが脚本・演出されてます。
ある男性が妾(水谷八重子)の家で亡くなったところから話は始まります。そこに現れる男性の妻(波乃久里子)、そしてその男性の妹(園佳也子)。
男性の遺した家に、妹と妾が転がり込んできて、変な共同生活が始まる。
ああー、わかるわかる、という人間心理がそこかしこに出てきて(妻が夫が死んだ妾の家にすばらしくきれいな着物で現れるところとか)、抱腹絶倒です。
1幕の幕切れも妻、妾、妹の3人が出てくる絵面が良く、ちょっと歌舞伎のだんまりふう?な演出も面白くて、いい場面でしたね。
角つき合わせていた筈の3人だけれど、人間一人では生きられない……と思うという場面ではホロリとさせられたり。
ただの3人のバトルでなく、人間として年老いていくときどう思うか、ということも考えさせられるような舞台でした。

男性の部下で3人の世話を焼くことになってしまう男性の役が笹野高史さん、真面目な人柄できりきり舞いしてる様子がもう…おかしすぎます(笑)。
妻の家でお手伝いをしている役に鴫原桂さん。「もしかして妻の養女になれるかも…?」という下心を持っているために、二人の追い出し作戦に一生懸命手を貸すという、心理の二重構造が面白いです。彼女の存在で3人の年代的なものハッキリしてくる、という戯曲上の構成も上手いですね。以前の「花たち女たち」のときもそうでしたが、スパッとした潔さというか明るさが舞台の良いアクセントになりますね。

(余談ですが見終わって歩いていたら「年は取りたくないわね」という話し声が聞こえてきて……「そういう結論かよ!」と内心突っ込みを入れました(笑))
(も一つ余談、家に帰ってから父と話をしたら、笹野さんのやってた役を以前はいかりや長介さん、おはなちゃんと結婚する八百屋さんの役を仲本工事さんがやっていたらしい。へえ~~、ちょっとそれも見てみたかったかも…)

終演後に鴫原さんにご挨拶に伺いました(^^)。(ある場所でお話する機会があって、ご案内を送っていただいたので)
新橋演舞場、年忘れ新派公演です。新派も幅が広いです。

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zupa「幻想の虹」を見る

日曜日に見てきました。
滅多に足を踏み入れることのない王子という街。そのとあるビルの地下に劇場があって、なんだか不思議なつくりの劇場はそれだけで探検気分(笑)。冒頭で「洞窟の中で…」という台詞が出てきましたが、洞窟探検?のイメージでいけばピッタリだったのかな。劇場上部に飾ってあったシャンデリアがとてもキレイでした。

「サロメ」と「カリギュラ」をモチーフにした芝居、ということですが、むしろイメージとしては劇中に台詞として出てくる「月」かなあ。
月=LUNA=人間のある種の狂気を呼び覚ますもの……ということで、たとえば家族(ご主人?)に内緒で密室の秘め事?に耽っているらしい男女、とか、仕事のプレゼンの指導にかこつけて不思議なエロスの世界に突入しちゃってる人たち、とか言葉に書くとエライ陳腐ですが(^^;、その中にあるハッとするような人間心理の機微を短いスケッチの積み重ねで見せていきます。
サロメがヨカナーンの首を載せていたお盆。(そのお盆のイメージも満月のように丸いですね、今考えてみると)それを鏡に見立てたり、照明を反射させたりの使い方が面白かった。

後で話を伺うと、夏くらいから「月をモチーフにしてエチュード15分やって」とか、ワークショップを積み重ねながら作っていかれた作品のようです。
「サロメ」は戯曲も読んだことがあるし舞台でも見ているので、イメージしやすいのですが、「カリギュラ」はなんだかエロエロな映画だ、という話を聞いたような(汗)、くらいの印象しかないので、ちょっとイメージつかみにくかったかも。

花組では見られないような芝居を見せてくれた、八代進一さんと大井靖彦さん(プレゼンの人の八代さんは、なかなかにエロスな人でした……怖かったけど、大井さんは普通の佇まいの中に意外な狂気を見せるのが、とてもううまいですね)。そして藤谷みきさんは感情の細かいゆらめきをキラキラと見せてくれていて、やっぱりいい役者さんだなぁ~、と思いました。

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2006/12/12

紫式部ものがたり

年末進行でなんだかバタバタしてまして、結構間が空いちゃいましたねm(_)m。
やっとちょっと落ち着いてきたので「紫式部ものがたり」(日生劇場)見てきました。もちろんタイトルロールの紫式部は大地真央さん。
コメディではじける真央さんを見るのは久しぶりかな~。なんでも徹底してやってる、真央さんのプロ意識はさすがだなと思います。(二部冒頭でブルーの口紅とすごい格好で踊っていても次に出てくるときはきちんとメイクも全部直してたり……という細かいところまで、手を抜かないんですよね)

劇中、真央さんが光源氏に扮するところがあって、「新源氏物語」を見てる私としてはなかなか感慨深いものが。
特に後半は源氏が頭中将と踊る(青海波)場面の衣装で出てくるのですが、宝塚時代の「新源氏物語」は大地真央さんの夕霧と剣幸さんの柏木が踊る場面があって「青海波を思い出させるな…」という設定になってて(そうだった筈……ややうろ覚え)、それを思い出して懐かしい気分で拝見してました。真央さんは当時は惟光と夕霧やってたんですよねー。
真央さんが源氏をやってるから、ということだけでなく、自分が学生時代に宝塚で見てた心のトキメキを思い出させてくれる人だなあ~と思います。

大地さんの隣に花組芝居の植本潤さんがいて、2幕の冒頭とか並んで踊ってらっしゃったりするのを見ると、「おお~~っ」と思いますね。
紫式部の侍女の役ですが、新橋演舞場『和宮様御留』に続いての十二単姿。1年に2度、十二単を着て舞台に立ってる人はきっと潤ちゃんくらいだろうなあ……。(今回は長い袴で出てくるのは、真央さんと中宮彰子役の神田沙也加さんだけなんですが)後半で大地さん、酒井美紀さん、いしのようこさんと一緒に出てる場面があるのですが、「違和感なく溶け込んで」って言うんでなく、微妙で絶妙な違和感というか存在感?があるところが良いなと思いました。もちろんそういう意図があって、潤ちゃんを女形で起用したんだと思います。

安倍晴明は姜暢雄さんで、なかなかカッコ良いキャラクターでした。ピアスが光ってた(^^)。晴明が台詞で「すまじきものは宮仕え…」と歌舞伎由来の台詞を言うのはちょっと気になりました(コメディなんで、わざと時代考証とかを外してるのは分かるんですけど)。

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