« 新橋演舞場「和宮様御留」初日 | トップページ | 「和宮様御留」2度目の観劇 »

2006/06/10

スタジオライフ「トーマの心臓」

私の中学校~高校に、多大な影響を与えたものはいくつかあるが、その最大のものは萩尾望都先生の『トーマの心臓』であるかもしれない。何しろ、私が15歳になったときに「うーん、エーリクやユーリよりも年上になってしまった…でも、オスカーと同い年だからいいか…」と思った記憶があるくらい(^^;。
この舞台を見ていても、一つ台詞が聞こえれば次に出てくる漫画の台詞がぶわーっと頭の中に浮かび、「あ、この台詞はカットなのね」とか一人音声多重状態になるくらいなのである(笑)。

実はスタジオライフを見ている歴は結構長く、一番最初に見たのが1992年の「夜叉が池」のとき(今のライフと違う作風のころだった)。そのライフが『トーマ』をやると聞き、正直原作のイメージがあまりにも大きすぎて初めは見られなかったくらい。
しかし、意を決して(?)見に行ったのが、2000年の『訪問者』との連鎖公演のときでした。

今回はダブルキャスト両方を見るために5日と7日に足を運びましたが、まず、5日の開演前にトイレに行って手を洗う私の隣に萩尾先生が(@_@)。一瞬にして極度に緊張のボルテージが上がってしまったことは言うまでもない。

と前置きが長くなりましたが。
一つ間違えたらガラガラと崩れ落ちてしまうような、まさに薄氷を踏むように思いで作られた舞台ですが、萩尾先生の目線を丁寧に丁寧にすくいあげているな、という印象は、最初に見たときから変わらない。いや、その「丁寧度」は再演を重ねるごとに増してきているなと思う。なんだか再演することの大切さを感じさせるような舞台でした。

やはり今回も涙したのは、ユーリの魂を救うために自死したトーマの父親、ヴェルナー氏が幼いころのトーマに語ったという話。「人はなぜ、一人では生きていけないような寂しいものにお作りになったの?」「それは人が永遠の高みに上るために……」というような話なのだが、この世でもっとも美しい言葉なのではないかと思う。
これに限らず、本当に一つ一つの言葉を大切にして、演じているのが伝わってきましたね。

(以前見たときは、もうちょっと何度も台詞の文字が投影されていたように思うんだけど、今回は前より少なくなった気がしますが…違うかな? それだけ、役者さんたちが言葉を伝える力が強くなったということかしらん)

皆さん好演していらっしゃいましたが、あえて挙げると、曽世海児さんのオスカーを見て「ああ、オスカーってこんな人だから、私が中学~高校のころ大好きだったんだな」なんてことを思わされました(笑)。それは表面的にカッコいいってことじゃなくて、その奥に深い孤独と人を求める心があるからこそ彼がステキに見えるんだと、改めて気づかされた。
今回抜擢でエーリクを演じている三上俊さんは、まさに泣いたり笑ったり怒ったり……とまさにいろんな表情を見せていて、そのいろいろさがエーリクらしいなと思った。同じくエーリクに抜擢の松本慎也さんと共に、新しい世代が育ってきてるなという感覚です。舟見和利さんのサイフリートは意外な配役ですが、エキセントリックさの裏にあるものを感じさせてくれて面白い役作りでした。ダブルキャストの岩崎大さんはカリスマ性があるサイフリートで、ユーリが魅かれていく悪の魅力がありましたね。

終演後、一度取材させていただいたことがある篠田仁志さんと少しご挨拶する。大役バッカスに真摯に取り組んでらっしゃる様子がなんだか清清しいなあと思ってしまいました。

舞台の話から離れて余談ですが、修道院のシスターをしている私の大学時代の友人によると「上智大学の神学部の卒論は、今でも毎年一本は『トーマの心臓』をテーマにしたものが書かれている」のだそうで(@_@)。うーん、読んでみたい。

|

« 新橋演舞場「和宮様御留」初日 | トップページ | 「和宮様御留」2度目の観劇 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/34077/10464891

この記事へのトラックバック一覧です: スタジオライフ「トーマの心臓」:

« 新橋演舞場「和宮様御留」初日 | トップページ | 「和宮様御留」2度目の観劇 »